YAMATO

書志貫徹、一語一会、書心忘るべからず。YAMATOの名義で作家活動をしています。『WBC 球春のマイアミ』2023年11月7日。『月とクレープ。』2024年6月9日

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    登山日記を中心に温泉、映画、書籍など山の魅力を紹介していきます。

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若者のすべて〜アジアプロ野球チャンピオンシップ2023

2023年は3月のWBCで始まり空前絶後の熱狂を生んだ。野球ファンにとって幸せなスタートとなり、コロナ・ウイルスで闇に包まれた野球界に光明がさした。来年はプレミア12が控えており、3年後のWBCも今から待ちきれない。満腹、大満足の2023年だが、なんと国際大会のデザート、最後のシメが残っていた。 『アジアプロ野球チャンピオンシップ』 初耳の人も多いだろう。WBCに比べて知名度、注目度ともに低く、野球ファンの間でも素通りされてしまう。しかし、"アジチャン"を見ずに令和五年を

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      noteを読んでくださる皆様、いつもありがとうございます。 突然ですが、noteの投稿は今後、新海誠作品の舞台巡りに限定し、その他は「はてなブログ」に同行いたします。一部の記事を除き、過去の記事の移行は完了しております。 noteでフォローさせていただいている方の投稿は引き続き拝読させていただきます。 「はてなブログ」移行の理由は収益化のためです。昨年の11月に会社員を辞め、物書きとして独立しました。現在も依頼を受けて記事を書くクライアントワークで生計を立てていますが、

      • 『母の温度』に寄せて

        尾崎豊の奥様・繁美さんの連載コラムを仕事前に読む。毎朝の愉しみである。24歳で夫を亡くした繁美さんは喪失感に向き合う時間もなく、目の前には2歳の裕哉。マスコミから追い回される日々から逃がれ、意思の通じないボストンでの苦闘。子育てという愛のしるしは格闘の軌跡でもある。 noteで読んだ一編『母の温度』は、男兄弟で育った僕に、母娘の関係性を覗かせてくれる。母と娘のキャッチボールを見ているようだ。子は親に抗うことで成長していく。親も子の抵抗に抗うことで親に成長していく。 近況よ

        • そうだ、東京ドーム行こう

          思い立ったが東京ドーム。雨に誘われ巨人vs.中日戦。仕事がひと段落して「そうだ、水道橋いこう」 東京ドームは新宿駅から13分。急にプロ野球が観たくなっても30分で間に合う。平日ならチケット完売はない。2階三塁側20列目、2200円。当日券、一眼レフ無し、球場メシ無し。傘、スマホ、競馬の本だけ持って総武線へ。パッと見てパッと帰る。水墨画の野球観戦。 相手の涌井秀章は37歳。ここまで3試合、17イニングを投げて防御率が脅威の0.00。2試合連続で完封していることになる。去年の

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          ネバー・エンディング・ストーリー

          昨年の3月11日はWBCのチェコ戦だった。新宿のスポーツBARで観戦したが、まさかWBCの書籍を出版するとは思わなかった。あれから1年。3月6日、7日に行われた侍ジャパンvs.欧州代表には4人のチェコ代表選手が出場。これまで「点」で終わっていた野球の国際大会が「線」になった。振り返れば昨年のチェコ戦は「そのとき歴史が動いた」瞬間。 東京ドームから大阪ドームに場所を移し、チェコの4選手は守備で魅了。クセの強いアメリカ系の選手と違い、アジア人のように基本に忠実なファンダメンタル

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          神話を超えた神話

          YouTubeやSNSでスポーツをダイジェストでつまみ食いすることが増えた。時間に追われ、時短が正義の現代においては仕方ない。だが、つまみ食いだけで飲食店の真価をはかるのが難しいように、コース料理を最初から最後まで完食してこそ得られるものがある。 4時間を超えた第58回Super Bowlを見終えたあと、数日間の旅から帰ってきたようにグッたりした。中身が濃く、手に汗握り、最後は涙を流した。 対戦カードはサンフランシスコ・49ers対カンザスシティ・チーフス。最初はサンフラ

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          酔いどれランナーの孤独

          3年前の8月8日、閉会式の直後に本来のマラソンコース42.195キロを走った。たった独りの東京オリンピック。このとき宿題を作った。本来のマラソンコースは国立競技場をスタートし、国立競技場に凱旋する。これが真の東京オリンピック。国立競技場に入れるはずもなく千駄ヶ谷の駅からスタート。 昨年、復活した新宿マラソンで国立競技場を走るチャンスを得たが、ハーフと10キロはPCR検査が義務付けられた。まだ3年前から時計が止まっているのかよ。10キロ走にエントリーしていたが、アホらしくなっ

          酔いどれランナーの孤独

          Voyage、高尾山へ

          令和六年から早起きの練習を始めた。0時半までに寝て6時32分に起きて8時前にアパートを出る。なか卯で卵かけご飯を食べて、コワーキングスペースで執筆をはじめるのが8時半。と言っても、まだ1日もできていない。20〜30分くらい遅刻。会社員時代は8時に起きて9時過ぎにアパートを出ていた。これが染みついてしまっている。2023年はデビュー著書『WBC 球春のマイアミ』の執筆に1年を捧げ長い間、山から遠ざかっていた。 1月15日、月曜。この1週間、雲ひとつない空だったが今日はどんより

          Voyage、高尾山へ

          蹴道一直線

          日本中が侍ジャパンに沸く3月12日の日曜、30年前に産声を上げたK-1が代々木体育館で記念大会を開催した。1993年4月30日、第1回K-1 GRAND PRIX。8選手による10万ドル争奪の無差別級トーナメントから10年も経たないうちに、K-1はPRIDEとともに日本を格闘技ブームの狂熱に巻き込んでいく。 代々木体育館から少し離れた原宿や表参道はWBCの東京ドームより賑わい、15時を過ぎても飲食店は満杯。駅前の𠮷野家ですら入れない。明日でマスク着用の義務化も終わる。今日は

          蹴道一直線

          「鬼が子どもをさらっていくから夜は外に出たらアカンよ」 物心がつく頃から両親に吹き込まれ、奈良の幼少期は毎晩8時までに寝ていた。幼稚園では「鬼は外、福は内」と豆をまかされたが、夜ふかしが許され、外で自由に遊べる鬼が羨ましい。だから御伽話では鬼に勝って欲しかった。 令和二年1月10日、新宿から夜行バスに揺られて13時間。朝6時半の米子駅。すぐに大山寺行きの市バスに乗り換える。夜が明けてくる車窓の彼方に伯耆大山のシルエットが見えた。 3年間お世話になったIT企業を退職し、転

          Now and Forever〜第57回スーパーボウル

          古今東西すべてのスポーツのgoat(史上最高のアスリート)であるトム・ブレイディが45歳で引退。ひとつの時代が終わり、紡いできたNFLの神話は二回り近く下の世代に受け継がれる。両チームのQBは24歳と27歳。合計すると史上最も若いQB同士の対決となった。ブレイディの次の時代を担うQBが27歳のパトリック・マホームズ。 Kansas City Chiefsをリーグ優勝に導き、プレーオフも勝ち抜いて最終決戦に牽引してきた。ここ4年で3度目のSuper Bowlは異常。特に今季、

          Now and Forever〜第57回スーパーボウル

          HEAT

          「旅とは風景を捨てること」そう語ったのは寺山修司だった。石井慧の格闘技は得るのではなく、捨て去る旅なのかもしれない。 2015年から16年の石井はMMAでイリー・プロハースカ、クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン、キング・モーと3連敗。淵に立つなか、RIZINグランプリ(2016年無差別級トーナメント)で優勝したミルコ・クロコップに「習いたい」と連絡した。 自分よりも優れた技術がある人に教えてもらうことに抵抗はない。自分をどん底に追い込んだ相手でも、意地を張ることなく素

          拳道讃歌

          東京での年末は格闘技かボクシング観戦が風物だった。しかし今年は正月を奈良の実家で過ごした。姪、甥っ子と遊ぶことが目的だが、魅力のあるスポーツ興行が減ったことも事実。 そんな中、石井慧が亀田興毅プロデュースの3150FIGHTに参戦。明けましてボクシング。東京への帰京を遅らせ、千日前でとんこつラーメンを食べて大阪府立体育会館へ向かった。 1月6日(金)12時30分。前回の8月14日、大坂夏の陣から冬の陣へ。物語は受け継がれる。100回以上は来ている聖地だが、眼前にするといま

          拳道讃歌

          まっちゃんは雪が似合うね 福島の安達太良山に登ったとき、背中ごしに言ってくれた ぼくが東北の母と呼んでいるひと。誰よりも雪と友だちになれる女性だからうれしかった 春の色といえば「黒」と答える。それが北国のひとたち。冬につもった雪がとけて、黒いアスファルトを見たとき春の訪れを感じるから。すごい世界に住んでるなあ。ちょっと羨ましい ぼくが生まれ育った奈良の北部は年にいちど積もるかどうか。雪が降りてきた日は給食に出てくるコーヒー牛乳のようなご褒美  雪は時に誰かの命を奪う

          夢十一夜

          夢を録画できる装置があればいいのにと思う。続きを観たいわけではない。もう一度おなじシーンを観たい。 夏目漱石の小説に『夢十夜』があるように、初夢、正夢、郷夢、客夢、瑞夢。日本人は夢に数えきれない言魂を宿してきた。 夢の中は予想だにしない出来事や人物に出逢う。よくこんな脚本を書けるものだと感心するが、普段は使わない右脳で夢を描いているのだろう。夢は絵画、音楽、文学すべてに長けた映画監督。 こんな夢を見た。京都の一軒家で吉岡里帆が朝ごはんを作っている。自分が東京に帰るところ

          夢十一夜

          鳥見山

          大晦日に山納めをするのは令和元年の塔ノ岳以来。今年は2月に吹雪く蔵王に登ったあと、人生で最悪の腰痛を再発し、登山がパタリと止んでしまった。両手で数えるほどしか登れず、山に居た時間が少ない。 その代わりに新海誠の足跡を訪ねたり、道頓堀を探索したりと代わりの楽しみを見つけたので悔しい一年ではないが、何かとワチャワチャしていた。11月には断絶していた山の先輩から声かけてもらい、三峰山へ。 令和四年の山納めには冬の犬越路を考えていたが、なんやかんやでオジャンになり、年の瀬は大和に

          鳥見山