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詩集 幻人録

322
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#みんなの文藝春秋

魔物

魔物

私の心が大波に揺られて溺れて水浸し

鬱の魔物は水面で
滑っとどろんと顔をだし
大きく開口した魔物は私を
夕飯として丸飲み鵜呑み

それでも言うの
あなたは言うの
魔物なんざいないのいないの気の迷い

そういって私の靴を磨き
シャツにアイロンをかけては
微笑みと神妙の丁度真ん中の顔をして
豊かな箪笥の引き出しを
そっと開けては色とりどりの召し物を用意した

私が今溺れているのは
私の冷や汗からでき

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古い太陽の詩

古い太陽の詩

新しい太陽は月の死と共に産まれた
沸々と燃えたぎり出したばかりなもんで
まだ少し暗い地球
月の亡骸は優しく最後に
想いの丈を朝露に残した
古い太陽の詩がまだ耳に残っている今は
私はまだ昨日の人間なのだろう

砂漠のもぐらは眩しそうに
私に語りかけてきた
月の想い残しはどこかね
あいにくここには朝露はなく
もぐらは肩を落とした

私は新しい太陽の声に耳を傾けては
静かに今を通り越した
まだ詩なんかな

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田の神、もとい

田の神、もとい

時折り見せる晴れ間
徐々に振り払う雲
跨いだ景色を横目に
私を呼ぶのはどちらさま

嘘で飾ったビル群の
風は冷たく痛いこと
蛍光色にもどかしく
故に彼の地を思い出す

太陽の神の神話
おどおどしい怪
どちらも私のなかのこと
手放したなら誰かのもとへ

田んぼの先の神様は
五穀豊穣願うべく
冷たい風も雨も耐え
私のもとに来るのです

だからといって絶え間なく
拝んでなんかはいられない
私は新しい朝に

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希望のうた

希望のうた

争いのなかに身を置いて
黄昏るから撃たれて倒れる

辛く苦い人生なんて
終わりが来なきゃわからない

発明的な感情論で
鬱を晴らしてみたならば

未来永劫豊かに過ごして
雨降りだって詩になる

硬い窓をゆっくり開けて
風の言葉を聴きましょう

時代を喋ってくれるから
今を教えてくれるから

何年寝たって構わない
身体が痛くていつかは起きる

あの頃感じた希望の先で
私はあなたを舞っている

思考は

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稲穂にて

稲穂にて

悲しみは時として詩になり
他人の心を癒すだろう
それまで耐えたあなたの心臓は
私の心臓よりもとても毛深い

だから私は思うのだ
いい加減になんて生きてはいられない
時に俯いた時にだけ
いい加減に踊ればいいのだ

稲穂が揺れる風が吹く
夕暮れ終わる帰り道
刻の速さに負けないように
徒然歩けばいいのであると

自然に教わる
それが業である
そんな生き方に寄り添いたいものだ

語り癖の多い私は
煙たがら

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心音

心音

悲しみのリズム
心中鳴らす
朝なのに鈍い音は
どんどんと鼓動を揺らす

哀愁のリズム
心中鳴らす
夜なら嘘と笑ってほしいが
本当の音なの切ないね

このリズムも芸術と
問いただされたら頷こう

そしたらバレない

私の心臓は動いてる
私の身体は生きている

喜びのリズム
心中鳴らす
昼なら暖まる
声を出そう

心音揺らす
風が吹く

沼地の魚

沼地の魚

沼底を歩く魚はひとり
ゆっくりと刻の調べを感じ
瞑ったままの目で
進路を行く

怖いものなんてみあたらない
なぜなら視界を遮っているから
見えなければ怖くない
魚は歩く
ひとりで歩く

うちなる恐怖はなにもない
魚は知らない
恐怖を知らない

魚は歩く
沼地の底を

箪笥に悲哀

箪笥に悲哀

箪笥に悲哀
開けたら泪
古い引き出し
なかなか開かん

取手が錆びて朽ち果てたのか
木材軋んで開かぬのか
開けても埃で咽せるだけ
中身はなんでかすっからかん

哀しみのしまい処は
なぜだか勝手に決まってる
いつも心と脳の間

そこの箪笥にしまってる

いつしか埃と煙になるまで

ミルフィーユ

ミルフィーユ

万象なりとも幾重に連なる場所に生まれ
なんにも持ってはいないなどとは
戯言になってしまう世で

背負った分だけ脚腰を鍛えるばかりなもんで
重くて重くて嫌気がさして
ひとつずつ捨てていってしまえや

最後なんて何が何だかわからないもんで
遠い街の夜景より
近くの灯籠をひとつひとつ愛でりゃあいい

宝が枯葉一枚なったらなったで
どんどこ枯葉は幾重に積もるで

千枚
枯葉の音がする

さくさく さくさく

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昼松明

昼松明

昼なのに夜更けのような顔をして
空気の流れのない部屋の抜け殻
久方振りに陽を浴びたら
泪が滲んで街が霞んだ

陽を少々いただいて帰りたかったが
歴史がそれを許さない
だから私は陽のかがり火をひとつ
胸に宿して
ぽっぽ ぽっぽと生きていく

魂が火傷しないように
ぬるいくらいの大きさで
摘んだ枝先
昼松明

できれば私は孤独ではなく
できれば私は貧相でもない
もう少しだけ笑いの中で
もう少しだけ風を

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子望月(こもちづき)

子望月(こもちづき)

今宵は少しカーテンを開け
月の温もりを感じましょう
少し欠けた子望月は今の私にそっくり
満月までとはいかないけれど
とても良い月
好きな月

足りない部分はしょうがないから
季節と共に追いかけっこ
星が震えて泣いてる夜は
月の神話の読み聞かせ

星の不安がドキドキに変われば
そこは静かな闇の世界

月と星だけとびきり光る
それ他が為のまっくら世界

あの子は輝く一等星
見守る私は子望月
カーテンの

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サイダーとシフォン

サイダーとシフォン

弾けた泡のサイダー
木目のテーブルの穴
グラスの水滴がほら
穴に溜まってできた湖

昨日の電話の声は
泣いていたけど
不思議と私は泣けなくて
ぼーっとしていた

後からきたシフォンケーキ
サイダーとはミスマッチね
まるであなたとわたし

弾けないでよ
ふわふわしてて
私のようにそっと

飲み干した時
喉にくるでしょ
あなたの声で
今蘇る

産風(うぶかぜ)

産風(うぶかぜ)

わたしの風と
あなたの風が
混じり合ったらどんな匂い

郷愁から吹く秋の匂い
林檎の丘から吹きつける
甘く緩やかな風の匂い

その風に乗せた思いは
わたしの知らない場所まで飛ぶから
あなたはそれを見送って
そっと目を閉じ手を握り
思いの真ん中貫いて

心を通るつむじ風には
行き場の無くした迷える人の
頭を撫でる慈愛があるから
わたしとあなたの産風(うぶかぜ)は
きっとそれになるでしょう

息吹いた

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眠そうな枕

眠そうな枕

眠そうな枕
眠れない私
誰かの声が聴きたくて
ラジオを無理矢理起こす

暴れたタオルケット
項垂れる扇風機
小さく聴こえるラジオの声に
耳を傾け目を瞑る

私はきっと
この夜になにかやり残したことがあるのではないか
そう思う
そんなものないのに
眠そうな枕
眠れない私