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ひとり息子の中学受験と麻布PTAの思い出

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幼稚園から小学3年生までいじめられっ子だった息子が、同級生と同じ中学に進学したくないと一念発起して中学受験を決め、麻布合格を目指し、合格するまでの事を、母が子育て日記に書き綴って…
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記事一覧

「麻布の運動会」2006年子育て日記から

「麻布の運動会」2006年子育て日記から

【2006年9月24日(日)~29日(土)のお話】

[日曜日]
某有名私立女子校の文化祭に行き、後夜祭にも付き合ったとかで疲れ切って帰ってきた。

[月曜日]
部活をサボって、5時頃帰って来た。理由無くサボった事を叱った。

[火曜日]
運動会の予行練習の後、振替で習い事に行ったとかで、鼻水がひどくなっていた。

[水曜日]
朝、鼻水が止まらず喉も痛いというので、病院に行かせた。
朝6時半に朝食

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【ひとり息子の中学受験】

【ひとり息子の中学受験】

ひとり息子の中学受験に関するエピソード記事をメインに書いていた「ジオシティーズ」の、麻布学園受験直前の2003年5月から7月までの受験勉強中の日記のバックアップが見つかったので、思い切って投稿してみた。
当時の記事そのままなので、文中の内容に現在にそぐわない内容があるかもしれないが、子育て最前線の主婦の忌憚ない思いや事実をそのまま残すことにした。

2003.05.29(THU)ゼミ主催説明会1

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息子の中学受験 前編

息子の中学受験 前編

 まずは、もう大人になってしまった息子との、中学受験の思い出から書き始めたいと思う。

 息子が某ゼミに入塾したのは、小3も終ろうとする2月に『学校の勉強よりもっと面白い勉強がしたい』と言ったことから始まった。
 それならばと息子の父と相談して、いちばん近いところにある塾で「入塾試験」なるものを受けてみたところ、『ぜひうちに来て下さい』と言われたので通うことにした。
 小4になって間もなく『中学受

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息子の中学受験 中だるみ編

息子の中学受験 中だるみ編

 6年生になると、御三家を受験する子ども達の特別クラスが編成され、地域ごとに決められた教室に通うようになる。
 息子の通う教室には御三家を受験する男子があと2人いて、日曜日は3人で電車に乗り、仲良くその教室に通うことになった。
 ある日、同じ塾の女子御三家合格確実と目される女子に、御三家受験用ビデオ「ライバルたちは今」の制作の為の取材依頼が来た。
 しかし、その女子はご両親ともに医者で、自宅での取

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息子の中学受験 ついにその日がやって来た

息子の中学受験 ついにその日がやって来た

 2月1日受験当日、麻布学園に8時に着く予定で6時に息子を起こして、当時住んでいたM市から1時間半かけて広尾駅まで行った。
 広尾駅の狭いホームには多くの受験生や保護者たちがいて、外に出ると10人くらいのN研バッグを背負った集団が前を歩いていた。近くに彼等の保護者の姿は見えない。
 学園までの坂道は、1列にならないとすれ違えないほど歩道の幅が狭い。
 息子が、このままずっとN研の後ろを歩くのは嫌だ

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息子の中学受験 合格発表の日

息子の中学受験 合格発表の日

試験が終了して教室から出てくる息子を待っていた時のことだが、驚いた事に一緒にランチしたお母さんは、貼り出された試験問題を携帯で塾に報告していた。
そして、試験日の朝A学園に到着した時に正門に沿った道路の向かい側の歩道に並んで見ていた母子の集団は、翌年受験するどこぞの塾の5年生の母子達だということもわかった。
中学受験は塾と親が一致団結して頑張るものだと、何かに書いてあったが、自分はそんな感覚になっ

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麻布学園バザー

麻布学園バザー

合格すると、ほとんど私服通学だというのに、入学に備えて通学用のカバンや学帽や標準服の販売がある。
入学式と創立者の江原素六氏の墓参の時だけは、皆学帽と標準服を着る。
ひとり息子の晴れ姿だと思えば親は記念に買ってしまうのだが、通学時はほぼ私服の為、その後着ることはあまりない。
バザーの日程などは、学園や保護者会からの説明があるので、親はそれに合わせて登校する。

【2015年1月24日】部屋を掃除し

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センター試験がD判定でも📝

センター試験がD判定でも📝

1月になればセンター試験がある。
中学受験は親も頑張るけど、
大学入試は本人がその気にならねば無理だろうし、
やっと入った高校や大学でも、
自分に合うかどうかはわからない( 一一)
17年前の息子の第一志望の中学の入試前日は、
アルツおじいちゃんが徘徊してくれたので、
探しているうちにスーパーが閉まり、
カツサンドならぬタマゴサンドだったけど、
それでもちやんと第一志望に入ってくれた💑
だがしか

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物理部無線班という部活

物理部無線班という部活

物理が好きで、幼い頃からレゴやトミカで遊んだ息子は、当然文化祭で訪れた「物理部無線班」に入部した。

物理と名が付くのだから、当然文化部だと皆思うだろうが、現在はどうなっているかわからないが、少なくとも息子が卒業した2010年までは、かなりの体育会系だった。
まずは、遅刻や欠席をすると、【アニ】と呼ばれるマイナス点をいただき、そのマイナスを消す為に、鉄棒の懸垂や階段の駆け上りが課せられる。
昼休み

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「オネアミスの翼」と息子と母

「オネアミスの翼」と息子と母

息子も、いい歳をした母も、小説もアニメもゲームも大好きである。
日々、読書とアニメとゲームに没頭する毎日である。

母は小中学生の頃、夜中になると親に見つからないように布団をかぶり、懐中電灯を持ち込んで、楳図かずおの「へび女」や花村えい子の「霧のなかの少女」などを隠れ読みするほど、少女漫画に熱中していた(≧▽≦)

結婚しても漫画好きは健在で、35歳で息子を出産するまでプチコミなんぞを買って読んで

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愛しい息子と。。。Ⅸ

愛しい息子と。。。Ⅸ

都心の屋根が真っ白になり
道路が凍りそうな夜である

室内に数日置けば
それなりに赤くなるだろうと
かなり大きく育ち
うっすら赤みを帯びて来た
房トマトの1号と2号だけを収穫した

都内の屋根に雪がつもった景色を見たのは
八王子に住んでいた2014年2月以来だ

職場に八王子在住の人たちが数人いて
懐かしい町名や店名を耳にするようになった

10年前に「オリンパスホール」で
息子が成人式をしたと言

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愛しい息子と。。。Ⅺ

愛しい息子と。。。Ⅺ

母は方向音痴である 。

小6になった息子と
四谷大塚主催の模試を受けに
渋渋(渋谷学院渋谷中学高等学校)に行った時のこと

息子と表参道駅から
渋渋の校門まで行き
試験会場に入る息子を見送った後
試験が終わるまでの時間潰しに
母は渋谷駅の近くの映画館へ行った
観たい映画は無かったが
息子と一緒には観られない映画
「バトルロワイアルⅡ」を観た
深作欣二監督の映画だけあって
この映画のキャストは

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愛しい息子と。。。Ⅻ

愛しい息子と。。。Ⅻ

スキー板を粗大ゴミに出すことにした
母はもう2度とスキーはしないので
靴も板もウエアも全部処分した

息子はコナミの体操教室に入り
夏は伊豆諸島にキャンプに行き
冬は苗場などにスキーに行っていた

コナミには小6まで所属していて
スキーはジュニアのスキー検定で
シルバーまで取得した気がする
その頃使っていたものはさすがに全部捨てたが
物無のスキー旅行用に買ったスキー板やウエア等は
まだ捨てがたいよ

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愛しい息子が。。。Ⅰ

愛しい息子が。。。Ⅰ

愛しい息子が竹刀を粗大ゴミに出す

息子がスキー板と一緒に
粗大ゴミに出すと言ったのは
幼稚園で剣道を習った時の竹刀と
麻布中高で選択した剣道の竹刀と木刀だ

『ついでに道着や防具も全部処分したら❔』と言うと
『これは取っとく❕』と言ったので
『じゃあ竹刀や木刀も残しておけばいいじゃない』と言うと
『竹刀はまた買えばいい』と言った
その辺りの息子の心理は母にはわからないが
10年以上押入れのどこか

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