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Tale_Laboratory
2021年11月30日 09:13
狭いオフィスの、その中では一番大きな机で一人の男が思案にふけっていた。彼はこの小さな出版社の社長で、考えているのはこれからの社の方向性だった。彼の会社の売り上げは悪くはない。いやむしろいい方だと言うべきだろう。だがそれは彼の想定していたものよりかはずっと下だった。「どうしたものかなあ・・・」「このままの路線でいいと思いますけどね」社長である彼の隣で、秘書と言えば聞こえはいいが実際はいろい
2021年11月29日 08:55
怒号が飛ぶ。いつものことだ。ハゲ頭を真っ赤にして、機械化した目と耳だけは冷たく光っている。いくらサイボーグ技術が発達したからといって毛根までは再生できないらしい。そんなこの会社に872人いる部長の一人が俺を含めて7人の部下を一列に整列させて説教をしている。まったく、これが世界を牛耳る5大企業の中の一角を担う我が社の部長としては余裕がなさすぎではないだろうか。ちらりと横を見ると、俺以外のや
2021年11月28日 09:46
眼下に広がる雲を眺め、今日の占いとするのが僕の個人的な日課である。「今日は紫多め・・・イヤだなあ」赤い雲が多いといいことがある、紫だと逆。緑や青はまあまあ、そんな感じで特に何か根拠があるわけでもなく気分で決めている。多目的展望デッキから見える景色は今日も上は青空一色、下は一面雲の地面。いや、地面は雲のさらに遥か下にあるわけなんだけど、僕はそれを見たことが無い。生まれてから一度も。この10
2021年11月27日 10:00
薄い緑色の液体が入った水槽から何本もの紐によって引き上げられた物が水面から姿を現した。液体が線のように滴り落ちていたものが、次第に一定のリズムの雫へと変わっていく。それは、人の手だった。正確には、人の手を模した物だった。「さて、これで左腕の部品は全てできた。あとはこれを乾かして組み合わせだな」「あとどれくらい?」「工程は半分ってとこだ」人の手にそっくりのパーツを眺めながら、露出の多い軽
2021年11月26日 09:41
俺は死んだ。そうはっきりと確信している。死んだのに、それに気付いているとはおかしな話だが、そうなっているのだからしかたない。真っ暗な空間が俺を包んでいる。どっちが上で下かも分からないが、俺は次に自分がするべきことをはっきりと確信している。死んでいるのにだ。始まりは奇妙な出来事だった。携帯電話に着信があった。だがディスプレイに表示されたのは、自分自身の携帯の電話番号だった。自分の番号に電話を
2021年11月25日 10:41
ギャラリー。美術品を展示する場所を意味する言葉。それは、多くの人々に見てもらうための空間。だとするならば、ここはギャラリーではなかった。とある一室の壁に絵が一枚掛けられた。その手で絵を掛けた青年がやれやれと言った表情で改めて絵を見つめる。「ようやくひと段落か・・・」その声は達成感というよりも、一つの仕事が終わった安堵の方が大きいものだった。「お疲れさまでした」青年の隣にいつの間にか
2021年11月24日 08:52
一台の車が走っている。なんてことのない光景だが、その車内には誰もいない。これもまたなんてことのない光景だ。既に世界はあらゆる物がAIによって自動化している。かつて人の手で動かしていたものはもはや人の手など借りない方が確実で安全な運用ができるようになっている。そしてそれはついに芸術の分野にまで及んでいた。絵画や音楽等、今まで人間が苦悩と努力の果てに創り出していたものも、今や過去の膨大なデー
2021年11月23日 09:57
木々が生い茂る林の中にひっそりと佇む小さな小屋が一つ。その入口付近できょろきょろと辺りを見回す青年。誰かに見られていないか、常にこの時は緊張が走る。ひとまず周りに人の気配が無いことを確認した彼は、その小屋に入る前に少しだけ空を見上げた。本来ならそこにあるであろう空には、蓋のように何かがふさがっている。天上大陸。彼の足元に広がる大地と同じように、もう一つの大地が空に浮かんでいる。と言っても
2021年11月22日 18:19
黒い土と大小様々な岩がむき出しの地面。遠くには火山が今にもその怒りを吐き出しそうに煙を上げている。普通に立っているだけで呼吸が苦しくなりそうなこの場所に今、さらなる熱気が立ち込めていた。突如として深紅の炎が地面を薙ぎ払うように広がった。その炎の出所は、大の男でも見上げなければいけないほどの大型のドラゴンの口だった。血の色よりも濃い赤の口内と、黄白色の鋭い牙。牙はそれぞれ一本一本が人間の腕く
2021年11月21日 11:19
活気あふれる城下町。人々の明るい声がその国が平和であることを表していた。だが、その平和が少しずつ浸食され始めようとしていることなどまだ知る者はいない。ほんのわずかな者を除いては・・・今、城下町の大通りを二人の少女が歩いている。どちらも同じくらいの背格好で、まだ子供としての影が強く表に出ていた。しかし、その二人とすれ違った人々は皆一様に一瞬だけ振り返り、まさかなと言った表情を浮かべる。少女た
2021年11月20日 13:41
さて、お仕事開始だ。夜の仕事はいくつもある。飲食店、水商売、交通インフラの整備等々。そんな中でも俺の仕事は特殊だろう。何せ今いるのは、都内最大の霊園。50万坪を超える敷地に大量の墓石が並んでいる。その一つ一つのそれぞれの家系の先祖がいるとすれば、この霊園に住んでいる霊の数はそれこそ数えきれない。俺は手に持った拍子木を2回大きく鳴らす。乾いた音は、闇の中に立ち並ぶ墓石の群の中に響いて静か
2021年11月19日 10:00
Tシャツにつなぎ、つばの広い帽子に長靴。どこからどう見ても農業をする人のスタイルにしか見えない格好をした女性が立っていた。彼女は、自分の背丈よりも大きく成長した木を見てひとまず安心といった表情を浮かべている。格好こそ農作業をしている人だが、彼女はれっきとした魔法使い、魔女だった。魔法を使う者たちが通う大学、そこの学生である彼女は今、あるレポートを作るための作業の真っ最中だった。それは、世界
2021年11月18日 09:53
だだっ広い宇宙。ここには無数の星があり、そこには無数の生命が住む惑星がある。しかし、互いに交流をしている惑星はその中の一部と言っていい。なぜなら、惑星それぞれには『製作者』がいる。そいつらは自分の星をいかに作るかに熱中していて、他の製作者と情報交換したりすることがほとんどない。いい意味で言えば誇り高い職人気質なのかもしれないが、俺から言わせれば単なるひきこもりの根暗ヤローどもだ。「次は・
2021年11月17日 10:29
旅は道連れ世は情け。旅のおもしろさは出会いか?風景か?食事か?いや、温泉だ。「と、こんな書き出しで始まってる温泉旅行ガイド、ついに手に入れたよ」二人の男女が連れ立って歩いている。二人は最初は別々に生きてきた旅人どうしだった。旅の路銀稼ぎに冒険者ギルドでクエストをこなすためにたまたまパーティを組むことになった。それが何度か続くうちにお互い惹かれ合い、そのまま結婚し夫婦となった。だが2人と