空想お散歩紀行 元・希望の船
眼下に広がる雲を眺め、今日の占いとするのが僕の個人的な日課である。
「今日は紫多め・・・イヤだなあ」
赤い雲が多いといいことがある、紫だと逆。
緑や青はまあまあ、そんな感じで特に何か根拠があるわけでもなく気分で決めている。
多目的展望デッキから見える景色は今日も上は青空一色、下は一面雲の地面。いや、地面は雲のさらに遥か下にあるわけなんだけど、僕はそれを見たことが無い。生まれてから一度も。
この1000年間飛び続けている飛行都市『ノア』
最初は船の形をしていた、と記録文献の写真で見たことがある。
150年前、ノアという人間が地上が人の住めない場所になると神のお告げを聞いたとか何とかで造ったのが、この『ノア』の原型である飛行船。
多くの人間と動物たちを乗せて空に飛び立ち、人類は絶滅を免れた。
当初は『ノア』に乗って人の住める土地を探し、見つけてはそこに降りて暮らしていたらしいが、その土地もしばらくすると住めなくなった。
その度に空に逃げて、また降りてを繰り返していたが、ついにこの惑星全ての地上が人間が住めない場所になった。
今では色とりどりの雲が星全体を覆い、地面と呼ばれるものは見えない。
時々、探査ロボットが下に降りて写真や映像などを記録してくることがある。それを見たことがあるが、そこはまさに地獄と呼ぶにふさわしい場所になっていた。
だが、ここまでの事態になるまで人々はただ逃げ回っていただけではない。
より生き延びられるように『ノア』を改造し続けてきたのだ。
改造や増築を重ね、最初の船の面影はどんどん消えていき、最終的に今の形となる。
『ノア』の中で全てまかなえるように、食料やエネルギーの生産、商業や工業、教育に医療、今では全ての人間がここ『ノア』で生まれ、『ノア』で死ぬ。
最初箱舟は、人が生きる土地を探す移動手段でしかなかったはずなのに、まさか箱舟そのものが人が生きる場所になろうとは、これを造ったノア本人はどう思うのだろうか。
ノア本人は間違いなく、船を造っていた時、これを希望だと思ったはずだ。
今もまだ『ノア』は増築を続けている。際限なく。
そして最近は、地上がどんな場所であろうともそこで生きていくべきだという『地上回帰主義』の声も目立ち始めてきた。
希望であったはずの船は、今や不安と対立を確実にその腹の中に蓄えている。
と言っても、僕に何かができるわけではない。この『ノア』が社会である以上、当然仕事もあるわけで。
思った以上に時間が迫っていることに気付き慌ててその場を後にするのだった。
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