空想お散歩紀行 零時開店、墓地本店
さて、お仕事開始だ。
夜の仕事はいくつもある。飲食店、水商売、交通インフラの整備等々。
そんな中でも俺の仕事は特殊だろう。
何せ今いるのは、都内最大の霊園。50万坪を超える敷地に大量の墓石が並んでいる。
その一つ一つのそれぞれの家系の先祖がいるとすれば、この霊園に住んでいる霊の数はそれこそ数えきれない。
俺は手に持った拍子木を2回大きく鳴らす。
乾いた音は、闇の中に立ち並ぶ墓石の群の中に響いて静かに消えていく。
そして音が消えるのと同時に、それに誘い出されたかのように、青白い光がそこかしこから現れ始めた。
ここからが俺の仕事。
それは、商品の販売だ。
「今週のジャンプね、はいあるよ。あ~はいはい順番順番。あ!じいちゃん、この間言ってたニンテンドースイッチ今日入ってるよ」
次々と俺の周りに近づいてくる霊たちをさばいていく。
かつて、江戸の世の頃。江戸の街は多くの被害に悩まされていた。それは霊たちによるものだと判明した後は、それらを祓うために多くの霊能者やらが駆り出された。
しかしその中で霊たちとの対話を試みる者がいた。
そして、分かったこと。それは彼らは退屈していただけだということだ。
そこから、幕府の命を受け、霊相手に商売を始めたのが俺のご先祖様。俺は家業を受け継いだ末裔というわけだ。
「えーと、それは30文ね」
「あ、こっちは6銭」
ただ少々面倒なのは、霊たちの通貨概念が自分が生きていた時代のものであるということだ。俺たち一族の仕事はまず、霊たちの生きた時代の価値観を覚え、そして現代の商品をそれに合わせて売ることを学ぶところにある。
先程ニンテンドースイッチを欲しがった爺さんは昭和の終わりに死んだ人だ。
その時代に無かった物をその時代の価値で測るのはなかなかに大変だ。
「え?花が欲しい?いいけど、花なら普通にお供えもんとして貰えるだろ?・・・ああ、祝い用のね」
次来る時に、花を仕入れてくると約束し、その霊は消えていった。
どうやら結婚する友人に贈るものらしい。
霊婚。死んで霊になった後で出会った者が結ばれること。主に生前独身だった者がすることだが、結婚していた者もたまにいる。
死んで同じ墓に入ったはずなのに、そこから別々になる夫婦とか、俺たち生きてる人間から見たら何とも切ないふうに思えるが、案外霊たちはそのあたりに大してわだかまりみたいなものはなく、あっさりと受け入れている。
欲しがる商品にしてもそうだ。全員、自分の欲求に素直で、そこに後ろめたさのようなものがない。そういう意味では生きている人間の方がよほど縛られているとも言える。
そして、後から聞いた話になるが、今回霊婚をするカップルは江戸時代の花魁と、旧日本軍の軍人だというからおもしろい。
彼らの新しい生活の話は今後も聞いていきたいものだ。
その後も注文された商品の受け渡しと、新しい注文を受けつけ、太陽が昇ると同時に俺の仕事は終わる。
太陽に照らされる墓石を見ながら、本日も無事に閉店となった。
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