空想お散歩紀行 オトギ大戦3
活気あふれる城下町。人々の明るい声がその国が平和であることを表していた。
だが、その平和が少しずつ浸食され始めようとしていることなどまだ知る者はいない。ほんのわずかな者を除いては・・・
今、城下町の大通りを二人の少女が歩いている。どちらも同じくらいの背格好で、まだ子供としての影が強く表に出ていた。
しかし、その二人とすれ違った人々は皆一様に一瞬だけ振り返り、まさかなと言った表情を浮かべる。
少女たちは2人とも特に変わった格好をしているわけではない。共に旅人が着るような質素で機能性を重視した服を身にまとっている。
しかし、一人の少女はあまりにも堂々と歩いていた。もう一人はどちらかというとびくびくと怯えているようにしているのにだ。
堂々と歩く少女は、長い金髪を風に揺らしている。その姿は旅人の服では抑えてきれない、何か特別な物が内側からあふれ出しているかのようだった。
「やっぱり、ジロジロ見られてますよぉ・・・」
先程から怯えるように金髪の少女の後ろを付いてくる少女がその不安をそのまま声に出す。
彼女は肩の高さで切りそろえられた黒髪をフードで覆い隠して、眼鏡の奥の瞳からは今にも涙が溢れそうである。
「大丈夫よ。気にせず普通にしてなさい」
金髪の少女は後ろを振り返ることなく、前を見据えたまま返事を返す。
「そうは言っても、きっとバレてますよ。姫様」
「ちょっと、姫って言わないで。それこそバレるでしょ」
小声ながらも強い口調で姫と呼ばれた少女は注意をした。
そう、彼女はこの国の第一王女その人だった。
11歳という年齢でありながら、既に王族としての気品と誇りを纏っているのが目に見えるかのようだった。
街を行く人々が振り返るのも無理はない。
しかし、王女は普段公務についていないため表に出ることは少なく、表に出たとしても煌びやかなドレスや装飾品に身を包んでいるため、まさか本物が旅人のような出で立ちで街中にいるとは誰も思わない。精々、何か変わった子がいるなといった程度だ。
「自分の国の中を歩くのに、こそこそする必要がどこにあると言うの?」
相も変わらず、冷静に前を向き歩き続けながら言葉を繋ぐ。
「それはそうですが、騎士も付けずに一人で外に出るなんて危険すぎますよ」
「あなたがいるでしょ?あなた、私の護衛じゃなかった?」
「それはお城の中での話です。姫様、今ならまだ大事にならずに済みます。戻りましょう」
前に進もうとする姫、後ろに戻ろうとするお付きの少女。
ここで初めて姫は歩みを止め、後ろを振り返った。
「それはできません。この国の未来が掛かっているのですから」
姫の瞳に宿る決意。それには理由があった。
一月ほど前、世界に向かって宣戦布告がなされた。
世界の海を統べるオトヒメと名乗る女が、世界の支配権を握るべく動き出したのだ。
「既に被害が出始めている所もあると聞きます。それにオトヒメだけではない。他にも不穏な動きをする者たちがいるなんて話も・・・」
「ですからそれは、国王様やお后様が対応をしています。何も姫様が動くことはないかと」
「お父様とお母様だけに背負わせることはできないわ。私もこの国の王族の一人なのだから。そのためにあなたの力が必要なのよ。あなたの魔法の力が」
姫は力強く、両手で信頼する者の肩を掴む。
魔法使いの彼女はその信頼を感じるからこそ、より慎重になってしまうことを姫はまだ知らない。
「で、でも、私の魔法なんか、まだ修行中の身ですし、お師匠様にも外で魔法を使うことは禁じられているんですよ」
「国に危機が迫っているかもしれないのよ。この街の人たちも今は笑っているけれど、明日はどうなるか分からない。今力を使わないでいつ使うと言うの?」
「で、でも・・・」
それでも踏ん切りがつかない護衛兼幼馴染の魔法使いの彼女に対し、姫は腰のポーチから一つの小ビンを取り出した。中には何やら細かい粉状の物が入っている。
「私だって、お母さまみたいに力を使いこなせているわけじゃないわ。でも、それでも、やれることはあるはずよ」
「姫様・・・」
この時、魔法使いの少女は気付いた。自分が仕えるこの人も、決して不安が無いわけではないのだと。その不安の中で自分ができることを探しているのだと。
「分かりました。私の力、姫様の志に使うことをお約束します」
「ありがとう。じゃあ、まずは―――」
その時、城下町にはふさわしくない音が二人の耳に入ってきた。
それは、全力で駆ける馬の蹄の音。それも一頭ではない。だんだんその音が大きくなってくる。複数の馬が自分たちに迫っていることで二人は状況を即座に察した。
「やば・・・まさかもうバレるなんて」
「ど、どうしましょう姫様」
姫がいなくなったことに気付いた城が、二人を連れ戻さんと追手をよこしたのだ。
「ここまで来て、今さら連れ戻されるなんて冗談じゃないわ。一気に行くわよ!」
「は、はいッ!」
言うと同時に、姫は小ビンに入ったそれを自分の体に振りかける。片や、魔法使いの少女は小声で急いで呪文を詠唱した。
馬に乗った城の衛兵たちが二人の背中を見つけた瞬間、少女たちはとてつもない速さで遠ざかっていく。馬ですら引き離されるほどの速さだった。
姫が自分の体にかけた物、それは灰だった。
特殊な灰を使うことによって、様々な効果を得ることができる『灰かぶり』の技法。彼女の母はかつてこれを使うことで、夫である当時の王子とこの国を救ったという。
今、姫はその灰の力で脚力を強化し、ただまっすぐに走っているだけだ。
そして魔法使いの少女の方は、足が動いている様子が全くない。
よく見ると、彼女の足元にはカボチャをかたどったようなデザインの靴が現れ、それが勢いよく風を吹き出し、彼女の体を前へと進めていた。
そして二人の姿は完全に衛兵たちの視界から
消えていった。
こうして、世界に襲い掛かろうとしている未知の脅威に対抗するため、かつてこの国を救ったとされる英雄シンデレラの娘と、そのシンデレラに力を貸した魔法使いの弟子の二人の旅がここに始まった。
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