空想お散歩紀行 ドラゴンアクター
黒い土と大小様々な岩がむき出しの地面。遠くには火山が今にもその怒りを吐き出しそうに煙を上げている。
普通に立っているだけで呼吸が苦しくなりそうなこの場所に今、さらなる熱気が立ち込めていた。
突如として深紅の炎が地面を薙ぎ払うように広がった。
その炎の出所は、大の男でも見上げなければいけないほどの大型のドラゴンの口だった。
血の色よりも濃い赤の口内と、黄白色の鋭い牙。牙はそれぞれ一本一本が人間の腕くらいはあろうかという大きさだ。
そしてドラゴンの目は激しく見開かれ血走っている。それだけで言葉は通じなかったとしても、このドラゴンが怒りの状態だということが分かる。
ドラゴンは今、敵と戦っているのだ。
相手は自分よりも遥かに小さな人間たち。
「大丈夫か!?」
そのパーティの中でリーダー格の剣士の男が仲間に叫ぶ。
「はい!こっちは大丈夫です!」
人間である剣士の男よりも、さらに一回り小さいホビット族の女性が返事を返す。彼女は神官として神の加護の術で仲間たちを守っている。
その他にも、エルフの弓使いと人間の魔法使いを合わせた4人のパーティが今、このドラゴンに戦いを挑んでいる。
この火山地帯にある聖なる宝玉を求めてパーティはやってきた。そして立ちふさがったのがこのドラゴンというわけだ。
少しでも触れたらひとたまりもないような炎や、全てを切り裂くであろう爪や牙の攻撃を掻いくぐり、仲間の弓矢や魔法の援護を受けて、
「だああああッッッ!!」
ついに、剣士はドラゴンに必殺の一撃を与えた。
苦しみもがき、最後の悪あがきに所かまわず炎をまき散らしたドラゴンだが、ついには力尽きその巨体を地面へと叩きつけた。
先程までの激しい戦闘が嘘かのように、パーティ側もドラゴンも身動き一つ取らず、ただ静寂がその場を支配した。だが、その静寂はすぐに破られることとなる。
「カーーットッッ!!」
大きな声がその場に響き渡ると、今まで戦闘をしていたパーティのメンバーの肩から一斉に力が抜けた。
「はい、お疲れさん。良かったよ~、まさか一発でオッケーだなんて。さすがだね」
サングラスを掛けた小太りの男が、剣士の男性に近づきポンポンと背中を叩く。
他の弓使いや魔法使いの人たちにもそれぞれ、飲み物を運ぶ人や、髪型を整える人がそばにいた。
映画『ストラーダ・ディ・アネッロ』の撮影は順調に進んでいた。
本作の特徴は映像技術によるところは極力少なくし、可能な限り現実の風景の中での撮影を行うところである。故にリアルな映像が話題を呼び、前作は大ヒット。現在シリーズ2作目というわけだ。
「いや~、さすがだね」
監督が主演の剣士役の男性をひたすらほめ続けている。彼なりの、役者のテンションを上げさせ、撮影にいい影響を与えようとするテクニックであり、ある程度この業界が長い人ならば誰もが知っていることであった。
「ありがとうございます」
剣士役の若手俳優は既に実力を見込まれ、そのルックスも相まってあらゆる映画に今引っ張りだこの人気者だ。
しかし、本人はそれを鼻にかけるような素振りは見せず、自分を褒めてくる監督のことも半分その意図に気付いていながらも、しっかりと受け止めていた。
「いえ、僕よりもすごいのはタツタさんですよ。あの人のおかげでかなりやりやすかったです」
若手俳優がそう言って視線をやった先にいたのは、先程のシーンで最後に倒されたドラゴンだった。
ドラゴン俳優のタツタ、今年で役者歴30年のベテランである。
その人柄で、過去の出演作品では正義側の登場人物として演じることがほとんどだったが、近年になって悪役も多く演じるなど、常に自分の演技の幅を広げ続けている。
今も自分の演技についてスタッフと確認を怠らない。人間用のモニターは彼にとっては小さい物だろうが、それでも真面目に画面をじっと見ている。
このストイックな姿勢に憧れて、演劇の門を叩く者も種族問わず多いと聞く。
この日、さらにいくつかのシーンの撮影を無事終え、出演者とスタッフは打ち上げへと向かった。ちなみにタツタさんは下戸である。
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