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【三千円の浪費のしかた。】〜原田ひ香 三千円の使いかた〜

三千円の使いかたはもちろん人それぞれだと思うが、少なくとも私は酒につかう。

●吉祥寺ハーモニカ横丁でジャスミンハイを五杯飲む。
●新宿のロックバーでスタッフのお兄さんとイエーガーマイスターのショットを互いに三杯ずつ飲む。
●西荻窪のガールズバーで、ケチな客として一時間過ごす。

無論、三千円で完結する夜の物語などない。そんなコスパのいい夜を私は知らない。

「酒ばっか飲んでさ、キミって本当に非生産的だよね。よくよく考えてみ?金欠なのはそのせいだよ。」
四年前、とある年上女性に言われた言葉に大きなショックを受けた。なかなかきつい性格の女性だったが、実業家として多少の尊敬はしていたため、私は彼女に言われるがまま酒断ちを決行した。しかし一週間後、結局それがストレスになって、私は酒に手を出してしまう。
いやはや、酒とはすごいものである。酔った勢いでその女性に「もう会いたくないです」とラインをして、そのままブロックを敢行した。
フェイスブックでメッセージが飛んできたがそれも悉く無視した。喉を通っていく熱いジャックダニエルショットが胸に火をつける。俺の気持ちなど、酒を飲まないあんたにゃ分かるまい。いらないなにも捨ててしまおう、君を探し求めない MY SOUL。その日はカラオケスナックでB’zを歌いまくり、そこで出会った美容師の女の子と『ハレ晴レユカイ』を全力で踊った。

目が覚めると頭が痛かった。
財布を覗くと、存在感を放っていた一万円は跡形もなく消え失せていて、わずかな小銭がごろごろと転がっていた。ありゃりゃ・・・。鏡に映る浮腫んだ顔は形式的な後悔の色を滲ませていたものの、心は澄み切った空のように晴れやかだった。やっぱり酒を飲むってサイコー!ガラガラ声で叫んでみる。ああ、手に入れた自由の価値は大きい。

酒でお金をつかうときの感覚として、買う、というよりは浪費するという方がぴったりくる。刹那的快楽のために散財し、輝く一杯を何杯も積み重ねる。そこでつかうお金は、本を買う代わりにも家財を買う代わりにもなりはしない。
しかし、その浪費する感じが非情に心地良いのだ。もちろん目に見えて得ることの出来る「実」はないのだが、逆にその手ごたえの無さが逆に気持ちいいのである。
酒は特殊だ。もっと飲みたい、まだ飲みたい、身体の限界を迎えるまで欲望は尽きない。一杯飲んだらもう一杯と、泉はどんどん広がっていく。そこには「念願のピアスが買えた!」というような達成感などない。バグった脳の意のままに旅を続けることでしか、己を満たすことは出来ないのだ。(いい意味で)
「明日は早いから。」
そう言って夜を閉める人を何人も見てきたが、誰もが切ない笑いを浮かべていた。私も過去に経験がある。三千円しかつかわない夜は大変虚しい。
酒飲みなら分かるだろう、この気持ち。

もちろん、ただ酒欲を叶えるために浪費をしているわけではない。思い出を買うために酒を飲む、という言い方もできるのだ。酒場に行けば友人も出来るし、仕事も見つけられるかもしれないし、美女との熱いワンチャンスを手に入れられるかもしれない。ちょっとだけギャンブル性は高いが、まあ酒場なんてそんなものである。非日常に憧れて外へ繰り出し、予期せぬオポチュニティを期待するだけでも、酒飲みにとっては大きな幸せなのだ。やらなければならないことだらけの目まぐるしい日々の流れにストップをかけ、癒しと刺激を求めて小さな冒険へ出かけるのだ。素敵なことがあったら最高、何もなくてもそれまた一興。一人で酒と向き合っても、誰かと酒を交わしても、思い出作りはとても楽しい。楽しさのあまり思い出が無くなってしまうこともあるけれど、それはまあ・・・
しゃあないわ。

さあ諸君、三千円のつかい方なんていちいち考えている場合じゃない。いかにして自分を満たすかを考えるのだ。もしも三千円しか財布に無かったら、その三千円で思いっきり楽しめばよい。一杯入魂、全身全霊で飲めばよい。そして財布が空になったら、ウキウキした足取りでコンビニのATMに向かえばよい。
誰が何と言おうと、酒をたらふく飲める夜は尊いのだ。
異論は受け付けない。


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