取るに足らない、些細な記憶

取るに足らない、些細な記憶

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救われたくて言葉を掬う

布切れを無理矢理手縫いしている不恰好な文字の羅列だということは、私が一番よくわかっている。 言語化すると感情の純度が落ちてしまうことも。 それでも言葉を残すのは、ときめいた感情とか、人に伝えたかった想いを、何も無かったことにして無視してしまうのはあまりにも惜しいと思うから。 好きな人に会えた時の微かな体温の上昇とか、さっき食べた桃が当たりだったこと、あの人の香水の匂いが忘れられないこと、一本早い電車に乗れたこと、取るに足らない、綺麗で一瞬なものを取っておきたい。 感情論

    • 視力0.03のきらめき

      視界の隅に咲いていた向日葵は、名付けた人が落胆してしまうくらい、頭を垂らして眠っている。蝉が静かで、開かれない海水浴場、風鈴の音は消えて、息ができないくらい暑い。 もっと夏って溌剌で、キラキラしていたはずだったのに。こんなに苦しい季節だったっけ。 こんな日常から逃げ出したい。 でも、一体どこへ行けばいいのか分からない。 どこに着地すれば満たされるのだろう。 毎日生きているふりをするのに必死で、時間に埋もれていく。 このままだと心まで狭いところに閉じ込められてしまう。ここじゃ

      • 生きたい場所

        ここ最近、ひとりぼっちのときは寝てばかりだ。 漠然とした不安と向き合えなくて、YouTubeを無心で見続ける。 本を読んでいない。美術館にも行っていない。渋谷中を駆け回って手に入れたたまごっちは、3日で天使になってしまった。 こころが凋落してゆく。息継ぎをしないまま泳いで何かを探している。苦しい。息を呑む景色とか、おいしいごはんとか、可愛い猫とか、好きな人の綺麗な横顔とか、満たされているはずなのに、見るものは全部灰色で空々たる日々だ。 世界は花々で彩られていて、羽衣ジャス

        • 穏やかで、健やかな春を

          なごやかな、ぽかぽか暖かく、柔らかな明るさに包まれる。モクレンがピンと花開いて、高潔な光をまとってかがやく。 今年に入ってもう3ヶ月目だというのに、年始に立てた目標を全然達成できていない。そんな自分のだらしなさを肯定してくれるような、優しい時間が滞りなく流れる季節。 こんな溶けるような時間を一緒に過ごせる人がいる。 没薬と煙草の混じった匂いを纏うこの人は、彼にしかない温度感があって、言葉の美しさがなんとも心地良い。 煙草を咥えて、ライターの蓋を開ける時の「キン」と鳴る

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        救われたくて言葉を掬う

          愛憐の祈り

          色素の薄い春のような2月。 淡い陽光の作る街の色が、ゆっくり生きることを許してくれる。早咲きの桜、檸檬色の小さなポンポンが付き始めたミモザを見つける。 一瞬の早春を想う。 四半世紀生きて多くのことを経験したせいか、成す術もなく記憶がすがれてゆく哀しさを感じるようになった。 「こんなことがあったよね」 と言われても、記憶の色はもう褪せていて、同じ場所で、同じ空気を飲み込んでいたのに、 私だけ忘れちゃって、置いてけぼりにされて、 独りぼっちになった気がする。 思い出したい

          愛憐の祈り

          煙の階調

          虹蔵不見。辞書みたいに分厚い高校受験案内を広げる受験生がひしめく電車、布団しか愛せない、柔らかく染まる木々、着込んで人がモコモコになるこの季節、とても愛おしい。 久し振りに外国帰りの友人に再会した。 小さなバーで紙煙草を喫む彼に、紙も吸うようになったんだねと訊くと 「煙草はやめた方がいいよ」 と残念そうに笑う。 グラデーションになってゆくマルボロゴールドの煙を辿りながら 「愛煙者が煙草で死ねるなら本望でしょう」 と励ます。 ブランド物をさらっと見に纏うところも、渋谷から恵

          煙の階調

          生きる徴

          11月。神様が出雲に集まる月。 ようやく寧静な日々が始まった。と思っていたら、クリスマスソングが流れ、ツリーが並んで、こないだまで金木犀の香りに包まれていた街があっというまにライトブルーに染まる。 イルミネーションの煌めきに目を瞑る。 一方私生活は、だらしなくてぼやけた日々だ。 スマホ越しに写した満月みたいな。 新宿の居酒屋。酒徒と日本酒をたらふく呑み、狭い喫煙室で要らない話をした。 花も美術も煙草も恋愛も神様も、実際無くても生きていけるのに、無意識に望んでしまうのは何故

          生きる徴

          大丈夫、

          川沿いの町で暮らして1年が経った。 色彩豊かな大きい電波塔と、路面電車の発車メロディー。川べりで煙を燻らす時間が心地よくて、彼岸花と秋虫の声が、だんだんと秋めいているのを教えてくれる。 咲いている花を見れば、虫の鳴き声を聴けば、生きている季節を感じることができる。なんてささやかで倖せなことだろう。 太宰は「秋は夏の焼け残り」と言ったけれど、ばかげて明るい陽射しも、プール日和の匂いもどこかへ行ってしまった。また夏は来年もやってくるのに、なんだか名残惜しい。 9月、霖雨で誕

          大丈夫、

          摂氏4度の世界で

          青葉の下を歩くと、葉影から漏れる陽光がキラキラと降ってくる。 隙間から見える透き通った空色に見惚れてしまう。 帰り道、我慢できずにアイスの袋を開けるとか、ベランダでスイカに齧り付く時間、 百貨店の屋上で火酒を喉に通す瞬間、 小さな神社にひしめく屋台の光、 目を離したら溶けてしまうような夏の倖せ。 穏やかで惰性的な春とは違う、汗ばむ皮膚に油蝉の鳴き声が纏わりついてうざったいけれど、色鮮やかなこの季節がずっと続いてほしいと思ってしまう。 相変わらず恋人もいなければ、有休をたっぷ

          摂氏4度の世界で

          南南西に進んだら月面着陸した

          もうずっと暑い。 季節だけ置いてかれて、永遠に夏なんじゃないかと思う。 姿を見せない蝉、いつのまにかスイカバーが現れて、汗ばむシャツがはりつく、ブルーハワイという言葉に人類が煌めく季節。 愛逢月がはじまって、茹だる暑さに堪えながら、学芸大学駅を友人と歩く。 夏の神様に魅入られたような溌剌な人で、この人に名前を呼ばれると「名前があって良かった」と思う。大袈裟だろうか。 一軒目。駅を出ると左右に大きく伸びる商店街の外れに、カフェ感覚で入れてしまうクラフトビール専門店がある。

          南南西に進んだら月面着陸した

          初夏の祈祷

          卯の花腐しの朝で6月を迎える。 午後は日闌けて気温がぐんぐん上がった。 雨上がりの晴れた空の、なんともいえない透明感と、溜め込んだ光の全てを放つような、純粋で溌剌としたあの初夏のクオリア。 花屋に目を向けるともう向日葵が並んでいて、「もう夏かあ」と季節の移り変わりを感じる。 夏が生まれていることに人が気づくのは、いつだって少し遅い。 紫陽花の色彩、半袖のシャツに袖を通す、氷菓を買うとか、ささやかながらも鮮烈な一瞬たちが教えてくれているのに、私たちはうだる暑さと猛々しい陽射

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          花曇りの朝に、細やかな幸せと僅かの不幸を

          シャツ一枚で陽光をいっぱいに浴びて、段々と新緑に染まるみずみずしい街になった。 幸福を体現したようなこの時間が何時迄も傍にいてくれればいいのに。 そうどれだけ切願しても、日々は淀みなく流れてしまうから、鬱屈で潰されそうなときはこの言葉を思い出す。 羽衣ジャスミンの馥郁とした匂い、雨に濡れる躑躅の色彩、陽だまりに蹲う野良猫、まんまる太ったオムライス、無上の甘露味。 さらに芥川は、甘い幸福のためには苦さも必要だと言っていて、 コロコロのテープが上手く剥がせない、理不尽な上司

          花曇りの朝に、細やかな幸せと僅かの不幸を

          この音楽だけには、傍にいてほしい

          映画みたい、と思える時間だった。 1月11日、夜のZepp DiverCity。 the shes gone, This is LAST, reGretGirl。 年明け前からずっと待ちに待ったライブ。 脊椎に響く音圧と、重厚感のある音色。 好きだった人に教えてもらったバンドと音楽が目の前に在る。生きている音楽を聴いた。 祈るように歌う彼らの姿を見て法悦にひたる。 This is Last の「バランス」は、好きだった人に初めて教えてもらった曲で、とても美しいのに私にと

          この音楽だけには、傍にいてほしい

          小さなサンクチュアリ

          「煙草吸っていいかな?」 と言われると断れない非喫煙者なので、遠くから喫煙所を見ながら『祝日天国』を聴いて外で待つ。 あんな小さな部屋に閉じ込められたあの人達は一体どんな悪いことをしたのだろうと可笑しくなる。 けれど、煙を食べて寒空に戻るこの人の、お風呂上がりのような満たされた顔を見ると、あの狭い空間は、増税に屈せず、しかし禁煙には挫折してきた愛煙家たちのサンクチュアリなのだと気づく。 神聖で、願い縋れば救われる小さな空間が在る、なんて単純な幸福だろう。 聖域に守られた人

          小さなサンクチュアリ

          いつか美しい翅になりますように

          閉じた蛹の中のようなこの部屋がとても好きで、部屋に一つしかない大きな窓は、夜と朝の間に聳え立つスカイツリーを独り占めできる。生きる喜びに満たされた、眩しい部屋。 法定労働時間の四倍もの時間を仕事に費やして帰宅した日、全てを投げて溶けるように眠った。 目が醒めると深夜三時で、スカイツリーはまだ紅色に輝いていた。二時間後には仕事に行くからお風呂に入ってお弁当を、と思い布団から出ると、キッチンにはご飯が詰まったお弁当、机の上にはコンセントに刺したままで放置されたドライヤーがあっ

          いつか美しい翅になりますように

          偏愛と性癖

          自分の愛するものを晒す行為ほど、恥ずかしいものはない。 「偏愛」と「性癖」が同意であるんじゃないか、と思ってしまうほど。 どうして、 どんな具合に、 どう美しくて、 どう愛でるのか こんなことを他人に話してしまうなんて、浅劣で噴飯に堪えない。 「音楽は何を聴くの?」「好きな人のタイプは?」「苦手な食べ物は?」「趣味は?」正直に答えたことは一度もないと思う。 他人の好きな食べ物なんかどうだっていい。 そんなことよりも、好きでもない人と寝たとか、ファミリーサイズのお菓子を一

          偏愛と性癖