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煙の階調

虹蔵不見。辞書みたいに分厚い高校受験案内を広げる受験生がひしめく電車、布団しか愛せない、柔らかく染まる木々、着込んで人がモコモコになるこの季節、とても愛おしい。

久し振りに外国帰りの友人に再会した。
小さなバーで紙煙草を喫む彼に、紙も吸うようになったんだねと訊くと
「煙草はやめた方がいいよ」
と残念そうに笑う。
グラデーションになってゆくマルボロゴールドの煙を辿りながら
「愛煙者が煙草で死ねるなら本望でしょう」
と励ます。

ブランド物をさらっと見に纏うところも、渋谷から恵比寿までのタクシーに乗り慣れているところも、女の扱いを熟知しているような言動も、酒に強いところも、「かっこつけさせてよ」と言って支払いを済ませるところも、なんだか大人になってしまった彼を見た。
全身ユニクロの庶民は悔しくて、一万円札を彼のダウンのポケットに突っ込む。

突っ込んだ手を取られたまま駅に向かった。
その右手に付けている装飾品、総額いくらだろうと考える。
人が絶えず流れる改札で手を解く。
「帰るの」
「帰るよ、じゃあまたね」 
と言って手をひらひらと振ると、ふわっと軽やかなダウンに包まれた。
長年外国にいた彼にとって、抱擁なんて挨拶に過ぎないんだろうな。仕方なくて、フワフワな冷たい背中に手を回す。

なしくずしに続いてしまった関係が作り上げた、みじめな友情とあわあわしい恋情だ。

人の体温が伝わらない抱擁なんて、めちゃくちゃに空虚だ。

「ばいばい」
と鳴いた息は、真っ白な煙になって空に溶けていった。

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