諦めることで長年の苦しみから解放された3つのこと
副業作曲家のシエシ度です。
「諦めないで頑張り続けること」
一見素晴らしいことのように思えます。
僕自身、途中で諦めずに努力し続けることが、人生をより良いものにしてくれると思っていました。
しかし、最近はそうとも限らないと思うことが多くなりました。
それどころか諦めることで心が軽くなったり、より素直に人生を楽しめるようになった気がします。
この記事では、僕が特に諦めて良かったと思う3つのことを紹介します。
①数字やお金を伴う目標を立てること
チャンネル登録者数・フォロワー数○○人
インプレッション数・いいね数○○回
月収・年収○○円
何かしらの活動をしていても、していなくても、このような目標を持っている方は少なくないでしょう。
数字は、
自分の行動が上手くいっているか
自分が必要とされているか
他人からかっこよく見えるか
といったことを(一見)ダイレクトに表していますので、
他者からの承認を求める性質を持つ"人間"である以上、
数字に貪欲になってしまうのも無理はないでしょう。
しかし、このような目標思考は人を不幸にします。
そのメカニズムはこのようなイメージです。
目標を達成できていない自分=不幸と感じる
目標を達成する=幸福という認識から、逆説的にこう考えてしまいます。
数字やお金を自分でコントロールことは非常に難しい
例えばいいね数を例として挙げると、自分が魅力的と思ったコンテンツを投稿したとして、大衆にも同じように思ってもらうことは至難の業です。
プロのマーケターですら着実に数字を取れるとは限りません。大概は上手くいかず、目標を達成できない自分=不幸が永続します。
いざ目標を達成しても、次の目標を立ててしまう
「チャンネル登録者数、目標だった100万人を達成したので動画投稿辞めます!」と言っているYoutuberを見たことがありますか?
例外なく「次は200万人を目標にします!」と言っているはずです。
目標を達成できていない自分=不幸と感じる呪いからは逃れられない
目標を達成して一瞬幸福になるかもしれませんが、それに満足することはなく、また目標を立ててしまうので、また自らを不幸に陥れていきます。それが人間です。
皆さんにも思い当たる節があるのではないでしょうか。
僕は作曲家・ボカロPとして活動していますのでYoutubeチャンネルもXのアカウントも運用していますから、
当然数字を伴った目標を立てて日々奮闘していました。
しかしお恥ずかしながら順風満帆というわけでは全くなく、
ついに期待していた数字を得ることはできませんでした。
目標を達成できない自分=不幸であると感じると同時に、
好きな音楽が自分を不幸にしているとすら感じるようになり、
活動へのモチベーションが下がっただけでなく、
自己肯定感や自己効力感が地に落ちました。
自分は誰からも必要とされていない
自分が作るものに価値はない
どれだけ頑張っても自分には何も成せない
上手くいっている他人を妬む自分すら嫌い
自分の人生に価値はなく、生きている意味はない
次第にこう考えるようになりました。
しかしとあるきっかけで目標を立てることが自分を不幸にすると知り、目標から自分を解放した瞬間にこれらの苦悩から解放されました。
目標を達成していない自分がいないので、不幸にはならない
音楽は自分を不幸にしないので、趣味が心から楽しい
上手くいっている他人を妬むことはないので、素直にその人を応援できるし自己嫌悪にも陥らない
趣味が楽しく、他人とも楽しく過ごせる自分の人生には価値があり、もっと楽しいことをするために生きていたい
今はこう思えています。
目標を立てるとしても、数字を伴う定量目標ではなく、数字を伴わない定性目標がいいですね。
例えば、僕が今自分自身に課している目標はこんな感じです。
カレンダーを大切な人たちと過ごす予定で埋めまくる
お蔭様で飲み会だらけです
数字を伴わない趣味に使う時間を増やす
バンド活動・ゲーム・アニメ鑑賞等、趣味に没頭しまくりです
頼まれたことは全てこなす
どんなに忙しくても作曲依頼は受けますし、終電逃したから迎えに来てと友達から頼まれたときは喜んでこき使われます
生活に支障が出ず、貯金もちょこっとできるくらいに稼ぐ
お金なしで幸せになることは出来ませんが、お金を稼いだだけ幸せになるということはありません。最低限あればいいんです。
数字を追い求めなければいけない立場の人もいるとは思いますので、
一概に全ての目標を捨てろと言いたいわけではないのですが、
もしあなたが抱えている目標があなたを不幸にしているのであれば、
一度捨てることを検討してみてはいかがでしょうか。
▼ちなみに僕がこの考えを持つきっかけとなった本はこちら
②自分に適性や興味がない分野で結果を出すこと
子どもの時は、苦手な科目でもできるだけ点数を取ることを求められてきました。
僕は社会と美術が大の苦手でしたが、成績のために何とか頑張りました。
苦手なことこそ頑張らなきゃいけないという思考は、小さい頃から培われています。
しかし、大人になってまで、苦手なものを頑張る必要はありません。
苦手分野でどれだけ苦しい思いをして頑張っても結果が伴うことは決してありませんので、
他人から評価されることはありませんし、自分が満足することもありません。
例えば昨今球界を賑わせている大谷翔平選手は、誰よりも人生を賭けて野球の練習をしたのはその通りだと思うのですが、並外れた野球への適性があったことに間違いはないと思います。
もし大谷翔平選手が野球ではなく、将棋で同じように人生を賭けて努力してきたとして、果たして藤井創太棋士のような活躍をできていたのでしょうか?
あなたが今頑張っているフィールドに適性や興味を感じないのであれば、今すぐフィールドを変えるべきです。
適性や興味のないことを頑張っているのであれば、今すぐやめるべきです。
あなたが満足するような結果は出ませんので、いつまでもぱっとしない人生を送ることになります。
僕は音楽活動をするにあたり、苦手なマーケティングは全て諦めました。
人気商売である音楽活動を大成させるうえでマーケティングは必須スキルだと思うのですが、
どれだけ勉強しても興味は出ませんでしたし、
数字を上げるための施策は3日も続きませんでしたし、
一般受けを意識した曲を作る気にもなれませんでした。
その結果もちろん音楽活動が上手くいくことはありませんでしたが、
余計なことに割いていたリソースが節約されたことで、もっと楽しいことに時間や労力を使えるようになりました。
数字のことを考えなくてよくなったので楽しく曲を作れるようになりましたし、SNSに張り付いていた時間でゲームやアニメの時間を増やすことができました。
苦手なことをしなくて済む暮らしはいいものです。
悩みから解放されるだけでなく得意分野だけで勝負できるようになるので、満足のいく結果を出し続けられます。
僕は、仕事を好き・得意で3つ選んでトリプルワーカーをしていますが、どれもとても楽しいですし、楽しさを原動力積極的に動けているので、それなりに結果を出せている自覚があります。
ところで、HUNTER×HUNTERという漫画をご存じでしょうか?
作中には念という特殊能力が出てきて、念には強化系・具現化系・操作系のような6つの系統があるのですが、自分がどれに向いているかは先天的に決まっているんですよね。
そして、作中では自分に向いている系統を修行で伸ばしたキャラが強いんです。
例えば主人公のゴンは強化系に適性があり、これを伸ばすことでみるみるうちに強くなっていきますが、
同じく強化系に適性があるカストロというキャラは、別の能力を伸ばしてしまったせいで大成せず、あっけなくやられてしまいます。
これをフィクションとして俯瞰した時、殆どの読者は「そりゃそうだろ」と思ったはずです。
向いてない能力をどれだけ伸ばしたって最強にはなれないということは誰にでも想像できます。
自分を俯瞰して見てみてください。
何が向いてそうですか?どんな能力を伸ばしたら活躍できそうですか?
それが分かったら、あとは行動に移すだけです。
そして、向いていない能力を伸ばすのはもうやめにしましょう。
▼めちゃくちゃ面白いので是非読んでみてください
③自分を変えること
これまでの内容と少々被りますが、敢えて分けて書いてみます。
「何で自分はこんなこともできないんだ、もっと頑張ってできるようにならなきゃ」
「あの人みたいに○○ができたらな。羨ましいな。」
これらは自分は変えられる、変えなきゃいけないと思っている人の思考です。
確かに努力すれば今まで出来なかったことが出来るようになるかもしれませんが、それは至難の業です。
そんな無理ゲーに挑んで自分を変えられなかった経験をすればするほど自己肯定感が下がり、「どうせ自分なんて…」と思うようになってしまいます。
それより、こんな思考はいかがでしょうか。
「ま、自分にはこんなこと無理だろうな、これは違う人に頼もう」
「あの人は○○が出来るから任せちゃって、自分は別のことで誰かのためになろう」
これは、自分は変えられない、或いは変える必要がないと思っている人の思考です。
突然ですが、何故人間は一人一人、こんなにも得意・不得意が違うのでしょうか?
それは、種が存続・繁栄するためと考えられます。
もし全員が同じことしかできなかったら、誰にも解決できない問題にいつか直面したとき、種が滅びかねません。
一人一人が全然違うからこそお互いに不得意を得意で補い合うことができ、種がここまで繁栄してきたのです。
ですから、あなたに出来ないことが沢山あるのは至極当然のことなのです。
だからこそ無理に自分を変えようとせず、自分にできないことは他人を頼り、他人から頼られたときにはあなたの得意を精一杯発揮すれば良いんです。
例えば僕は報連相(報告・連絡・相談)が驚くほど苦手なので、仕事仲間で一番マメな人に、毎朝僕に連絡するようにお願いしています。
そうすることで僕は苦手な報連相を自発的に行う必要ないので、自分が苦しむことなく、重大なコミュニケーションエラーも起こさず仕事を進めることができています。
逆に、僕は計画を立ててタスク管理することが得意なので、仕事仲間の分も代行しています。
そうすることで、スケジュール管理に無頓着なメンバーも問題なく進めることができています。
16歳くらいまでなら、もしかしたら自分を変えることは出来るかもしれません。
しかしそれを過ぎてからは表面的には出来たとしても、抜本的に自分を変えることはほぼ不可能だと思います。
僕は自分のあらゆるところが嫌いで何度も変わりたいと願いましたが、上手くいった試しはありません。
だったらそんな自分を変えることよりも、欠陥だらけの自分でも活躍できるような仕組み作りを試行錯誤する方が、よっぽど簡単で建設的だと思います。
いかがでしたでしょうか。
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また次の記事でお会いしましょう。
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