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愛おしい、狂気の犬バカについて 平成犬バカ編集部

吾輩は、猫派である。
犬は飼ったことがない。が、犬も好きである。

朝の散歩の時にすれ違う、まるで飛び跳ねるように歩いている犬。
お散歩が嬉しくて仕方がないのだろう。本当に可愛い。

ボール投げ地獄でくたくたになっているおじさん。
疲れ切った顔をしているのに、犬が駆け寄ってくると満面の笑みである。

ドッグランではしゃぐ小型犬たち。
飼い主さん同士も楽しそうにお喋りしている。

すれ違いざまに挨拶を交わす犬と飼い主。

みんなとても可愛いくて、愛おしい。

日本の犬といえば?

犬種について詳しくない人でも「日本の犬といえば?」と聞かれたら、「柴犬」と答える人は多いのではないだろうか。

柴犬。
ちなみに、柴犬の名前は和名が多いそうだ。

さて、そんな柴犬専門の雑誌があるのをご存知だろうか。
日本犬好きで知らない人はいないかもしれない。

2001年に辰巳出版から創刊された、季刊誌Shi-baである。

犬川柳、と聞けばピンと来る人もいるかもしれない。
今では犬雑誌も種類が増え、ウェブマガジンも含めるとなかなかの数になるが、2000年前後に出版されていた犬雑誌は少なかったそうだ。

そんな時代に、ひょんなきっかけで「柴犬沼」にどっぷり浸かってしまった崖っぷち編集者が、自分の編集者人生をかけて作り上げたのがShi-baである。

Shi-baの歴史は、まさに日本の犬現代史だ。
日本の「人と犬」の関係性の変化に寄り添い続けてきた雑誌、とも言えるかもしれない。

そんなShi-baの立ち上げメンバーたちの、犬への愛に溢れた日々を、笑いあり涙ありで描いたものがこちらのノンフィクション。

平成犬バカ編集部 片野ゆか

犬バカによる、犬バカのための雑誌

タイトルにもなっている「犬バカ」という表現。
作品にも何度も登場するが、もちろん、最高の褒め言葉として使用されている。念の為。

そしてShi-baを創刊した崖っぷち編集長・井上祐彦は、狂気の犬バカである。
もちろんこちらも作品中で使用されている最高の褒め言葉である。念の為。

どのくらいぶっ飛んだ人かというと、著者が表彰される授賞式にわざわざ足を運び、久しぶりに会う著者に対して「久しぶり」とか「受賞おめでとう」の言葉ではなく、福ちゃん(井上編集長の飼っている柴犬)の可愛いエピソードをするだけして風のように去っていくという、超一流の犬バカっぷりなのである。

そんな「福ちゃん愛」に溢れた井上編集長が、犬が大好き、柴犬が大好き、福ちゃんが世界一大好き!という気持ちで作り上げたのがShi-baなのだ。

狂気の犬バカ編集長と、愉快な仲間(柴犬と人間)たち

著者の片野ゆかさんの後書きによると、片野さん本人が「この国の愛犬事情と経緯が分かる犬現代史的な本を書いてみたい」と長年思っていたそうだ。
この気持ちもまた、犬バカ的発想だなと思う。
そして犬バカでなければ、犬に対する愛情がなければ、こんなに面白い本は書けない!そして、最高の「犬現代史」が、この「平成犬バカ編集部」である。

先述の「福ちゃん」。
本名 井上福太郎、井上編集長の家族であり、Shi-baの表紙を何度も飾っている看板犬である。

話は、井上編集長と福ちゃんの出会いから始まる。
日本で初めての「日本犬専門雑誌」は、福ちゃんが井上さんと出会わなかったらこの世には存在しなかったかもしれないのだ。

編集長をはじめとする編集部メンバー全員の笑ってしまうほどの犬バカっぷりからは、みんなそれぞれに抱く犬への大きな愛情が丁寧にShi-baを作り上げてきたのだということが伝わってくる。

編集部の面白エピソードに爆笑したり、時にはうるっとしたり。
そして「平成」という時代に「犬と人間」の暮らしがどのように変化していったのかという「犬現代史」的な話も織り込まれていて、大変興味深かった。
平成という時代は、犬と人間の暮らしの変革期であったと言える。

そして、井上編集長と編集部メンバーの働き方もまた、「平成」だなぁと感じた。
編集の仕事というのは映画やドキュメンタリー、本などで「こういうものなんだ」と知った気になっていたのだけれど、現実は想像の何百倍も過酷なものなのだろう。
その壮絶な現場の数々を乗り越える力をくれるのが愛犬たちであり、犬バカたちの力の源なのだ。

犬バカを肯定し、犬バカに寄り添う

今ではSNSで個人が犬愛をさまざまな方法で表現することができるが、当時は個人が好きなように好きなものを好きに表現するための手段というのは限られていた。

そのため、自分が抱く「犬への愛情」の形を共感することはおろか、(ご近所さん以外の)他人がどのように犬を可愛がっているかを知ることも難しかったのである。

そんな時代に、井上編集長と編集部メンバーは自分たちなりの犬バカっぷりを真面目に紙面で表現し、全国の仲間達に「犬が大好き、最高だよね!」と語りかけ続けた。

そして、全国にいる愛犬家たちが抱く「犬への愛情」を肯定し、共感し、寄り添って、共に平成という時代を歩んだのだ。


元号が平成から令和に変わって、6年が経つ。

現在のShi-baに、井上編集長の名前はないが、彼の熱いスピリットは、今も受け継がれているに違いない。

時代が変わっても、犬好き達の犬への愛情は不滅なのだから。

(感想をまとめようとすると、井上編集長のあんな話やこんな話が思い出されて、なんだか涙が出てくる)

井上編集長のその後の人生と、彼の功績

井上編集長の柴犬に対する想い、大きな愛について表現しようとすると「狂気の…」という言葉しか浮かんでこない自分の語彙力の低さを悲しく思う。

繰り返しになるが、「犬バカ」という表現は作品の中でも最大のリスペクトとして使用されている言葉である。
犬を愛し、柴犬を愛し、福ちゃんを愛し、犬に編集者人生を捧げた狂気の犬バカ、それが井上祐彦編集長である。

本を読み始めた時は、福ちゃんは可愛いけど井上編集長については「えっ…」とちょっと引いてしまうところもあったのだが、中盤に入る頃には井上編集長の大ファンになってしまった。

後書きによると、井上編集長は平成30年ごろにShi-baと、そして編集の世界から卒業されてしまったそうだ(この部分を読んで、推しがグループから卒業してしまうような寂しさが胸に込み上げ、泣いた)。
そして「平成犬バカ編集部」の文庫版が出版された令和3年当時の井上さんについてのエピソード、井上家のメンバーについても紹介されている。相変わらずの犬バカっぷりで安心した。井上さんのその後の職業にはびっくりしたが、理由を読むと「真っ直ぐで素敵な人だな」と応援したくなった。しかし同時に、なんだか寂しい気持ちでいっぱいである(井上さんファンなので)。


井上さんは福ちゃんという唯一無二の柴犬との出会いで、編集者としての人生が大きく変わった。

もし井上さんが引っ越しをしていなかったら、Shi-baは誕生していなかっただろうし、日本の「犬と人の関係」自体が、もしかしたら平成どころか昭和のままで止まっていたかもしれない。

井上さんが愛犬家たちに「犬バカでいいんだよ!うちの犬って最高だよね!」と肯定のメッセージを送り続けたことで、愛犬家たちがさまざまな形の愛情を爆発させることができるようになり、そして世の中の犬、猫、さまざまな動物好きにまでも影響を与えてくれたのではないか…
彼は、犬や猫、さまざまな動物の家族を持つ人々の人生をも、もしかしたら変えてくれた存在なのかもしれない。

だって、こんなに愛おしい存在なんだよ!


そんな風に思う私自身、もしかしたらもう「犬バカ」になりかけているのかも。

吾輩は、猫派ではありますが…柴犬とフレンチブルドッグに、キュンとしてしまいます。

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聡子
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