鈴木力

東洋大学SF研OB・SFセミナースタッフ。SF関係のライターをしています。最近の仕事は…

鈴木力

東洋大学SF研OB・SFセミナースタッフ。SF関係のライターをしています。最近の仕事は日本SF作家クラブ編『AIとSF』解説・東京創元社編集部編『創元SF文庫総解説』解説(共に一部原稿を担当)、宮西建礼『銀画風帆走』解説(東京創元社)など。

最近の記事

10年に一度の怪作~韓松『無限病院』書評~

最初に未読の方のために警告しておく。私は本書を読み始めたあと通院する必要が生じ、病院の待合室でも読み進めたのだが、たとえ他に読む本がないとしてもこれだけは止めた方がいい。 第一に、目の前の医療関係者が信じられなくなるから。第二に、自分が病院から永遠に出られない気がしてくるから。じっくり読むのは家に帰ってからにして、病院では天井を見上げて石膏ボードの穴でも数えていた方がマシである。 物語は未来、世界中を巻き込んだ大戦争のあと、仏教が支配的宗教になった時代。仏陀を探すため太陽

    • 書評イタコ~わが書評「読書」歴~

      10月25日発売のSFマガジン12月号に、春暮康一『一億年のテレスコープ』の書評を書いた。 『一億年のテレスコープ』は日本のみならず世界のSF史に残る大傑作なので、私の書評はともかく現物を未読の方がいたらぜひ読んでいただきたい。 ここでせっかくの機会なので、私にとって書評とは何かをまとめてみることにした。 私が書評というものの存在を知ったのは1985年、中学2年生でSFMの定期購読を始めたときだった。 当時の同誌で書評を担当していたのは、高橋良平・伊沢昭・鏡明・水鏡子

      • 京都SFフェスティバル2024レポート

        はじめに 5年ぶりに対面形式を復活させた京都SFフェスティバルに、6年ぶりに参加した。 なぜ6年ぶりなのかというと、2019年は劉慈欣の講演会と被ってしまい、そっちを選んだからである。 ところが講演会は台風のせいで中止。そうとわかっていたなら京フェスに行ったのに……と地団駄踏んでいたら、翌年からご存じコロナ禍である。 京フェス自体はオンライン形式で存続したが、SFM23年10月号の大学SF研座談会で、イベント開催のノウハウが途絶えてしまったという発言を読み、もう対面

        • かがみあきら・没後40年目の夏に(5・完)

          当時の私にとって、好きなクリエイターとは「ずっとむかしに死んだ人」か「生きていて現役バリバリの人」の2種類しかいなかった。好きなクリエイターが死んでしまうこと自体、想像の埒外にあった。私は訃報ではじめてかがみの年齢を知ったのだが、26歳での死があまりに若く、あまりに突然だったことくらいは、幼い私にも深甚な衝撃を伴って理解できた。 『リュウ』の記事の中で特に、次に引用する文章が私の目を痛烈に撃った。実は本稿を書くにあたり米沢嘉博記念図書館で閲覧するまで記事の全文を読み返したこ

        10年に一度の怪作~韓松『無限病院』書評~

          かがみあきら・没後40年目の夏に(4)

          そして84年初秋。図書館で『サマースキャンダル』の新作を期待して『リュウ』を開いた私の目に飛び込んできたのは、かがみの死を伝える記事であった。 かがみは8月初めから体調を崩しており、8月9日連絡が取れないことを心配したアシスタントがマンションへ押しかけたところ、すでに事切れた姿で発見されたという。 正確な死因について書かれた資料は管見の範囲ではない。しかし一部の関係者は、ただでさえ100キロを超す体型であちこちに負担がかかっていたところへ、過労が重なったのが原因と見ている

          かがみあきら・没後40年目の夏に(4)

          かがみあきら・没後40年目の夏に(3)

          私はなぜ、かがみの作品に惹かれたのだろうか。大塚英志は『「おたく」の精神史』の中で、 と述べている。ここで大塚が念頭に置いているのは、同じかがみ作品でも自伝的・エッセイ的要素の強い『ワインカラー物語』であるのは明らかだ。『サマースキャンダル』はもっと少年漫画のテイストに近いし、大塚は別の場所でもこうした傾向の作品について「これは『ワインカラー物語』の頃にぼくが感じていた、かがみあきらの可能性とはやはり違う」と語っている。 しかし、それでも、私は無意識のうちにかがみの「少女

          かがみあきら・没後40年目の夏に(3)

          かがみあきら・没後40年目の夏に(2)

          『ワントレ』はしっかりとしたストーリーがあり、SF漫画として純粋に面白かったが、学習漫画としても秀逸だったと思う。現に私はこの作品でバクテリオファージについて学んだおかげで、1年後に小松左京『復活の日』を読んだとき、作中に出てくるウイルス兵器の仕組みをすぐ理解できた。 しかし何より印象に残ったのはかがみの画だった。特に登場人物の描き方。それまで藤子不二雄やすがやみつる、のむらしんぼなど漫画といえばコロコロの画しか知らなかった眼に、手足のほっそりしたかがみの繊細な画風は異質で

          かがみあきら・没後40年目の夏に(2)

          かがみあきら・没後40年目の夏に(1)

          漫画家・かがみあきらが26歳の若さで亡くなって今年の8月8日でちょうど40年になる。 noteではすでにかがみのアシスタントだった田中雅人氏が当時の思い出を投稿しておられる。私は一介の読者に過ぎなかったのだけれど、かがみあきらという漫画家は、その作品においても、その突然の死においても、子供だった私の心に消えがたい痕跡を残していった存在なのは間違いない。 だから本稿では、一読者から見たかがみの姿を全5回に分けて綴ってみたいと思う。40年。当時中学1年生だった私も彼の享年をと

          かがみあきら・没後40年目の夏に(1)

          『題名募集中!』とバブルの時代

          ■今年のSF大会に参加したら蔵書を大量処分している人がいて、ハヤカワ文庫JAの『題名募集中!』上下2巻をいただいた。収録作の大半は既読だったのだが、帰りの列車の中で読み返したら80年代の世相が思い出されて実に面白い。そこでいくつかネタをピックアップすることにした。 ■『題名募集中!』は『SFマガジン』の連載企画だったのだが、どういう内容なのかは当時SFM編集長だった今岡清が序文を書いているのでそれを見てみよう。 ■タイトルについては毎回「入選作」が発表されていたのだが、ど

          『題名募集中!』とバブルの時代

          追悼ポール・オースター

          ポール・オースターが4月30日に亡くなった。享年77歳。 と書くともっともらしいが、私が彼の死を知ったのはそれから2カ月近く経ってからで、たまたま入った書店でたまたま文芸誌を手に取ったところ、表紙に追悼ポール・オースターとあって愕然とした次第。 それどころか闘病生活を送っていたことも知らず、次の翻訳はいつ出るんだろうと薄ぼんやり待っていたのだから、我ながら情報感度の鈍さには呆れるほかない。 こんな人間が追悼文など書いてもいいのだろうかと思うが、ご用とお急ぎでない向きはお

          追悼ポール・オースター

          個人にとって能力とは何か~門田充宏『ウィンズテイル・テイルズ』書評~

          門田充宏の第2長編『ウィンズテイル・テイルズ』が2分冊で刊行された。 それぞれ『時不知の魔女と刻印の子』『封印の繭と運命の標』と副題が付されているが、実質的には上下2巻である。 いつとも知れない未来。人類の文明は、徘徊者によって崩壊していた。徘徊者は地上に生えた黒錐門から現れる真っ黒で巨大な怪物で、手に触れたものを生命といわず無機物といわず、石英と呼ばれる物質に変えてしまう。人々は相互に離れた都市で、徘徊者におびえつつ暮らしている。 舞台となるウィンズテイルは黒錐門のす

          個人にとって能力とは何か~門田充宏『ウィンズテイル・テイルズ』書評~

          画には描けない面白さ~宮澤伊織『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』書評~

          宮澤伊織が2019年以来書き継いできた『ときときチャンネル』シリーズの短編6作が単行本化された。 十時さくらは社会人としての勤めの傍ら、動画サイトに配信チャンネル《ときときチャンネル》を開設し、生活費の足しにしようと目論んでいる。目標は登録者数1000人、ネタは同居しているマッドサイエンティスト・多田羅未貴の怪しい発明。地の文はさくらが生配信しているという体で、さくらと未貴のボケツッコミが全編実況口調で語られる。 さて、ユーモア溢れる女性マッドサイエンティストものの鼻祖と

          画には描けない面白さ~宮澤伊織『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』書評~

          たとえすべてが置き換わっても~新馬場新『沈没船で眠りたい』書評~

          昨年『サマータイム・アイスバーグ』で小学館ライトノベル新人賞優秀賞を受賞した新馬場新の長編が出た。 舞台は2044年の東京。AIの普及と共に人間は職場を奪われ、ネオ・ラッダイト運動と呼ばれる反AIの社会活動が活発化している。運動は先鋭化し、ついには企業を狙った自爆テロが起こる。 警察は自爆テロを起こした大学生・有村と関わりを持つ奥平千鶴を別件逮捕し尋問する。だが奇妙なことに彼女は有村との関係は認めたのに、別件逮捕の容疑となったロボットの不法投棄についてだけは否認し続けるの

          たとえすべてが置き換わっても~新馬場新『沈没船で眠りたい』書評~

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(6・完結)~

          【ご注意】本稿には秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、『猫の地球儀』のネタバレがあります。 (6)かぐや姫としての伊里野加奈~夏の終わり (承前)その問いは言葉を換えて言えば、浅羽と伊里野の間に生じた感情を何と呼ぶかという問いに他ならない。それは仕組まれたがゆえに恋の名に値しない、恋の偽物だったのだろうか。 そんなことはない――と、浅羽も伊里野も答えるだろう。仕組んだ側である椎名でさえも、先に引用した浅羽への手紙の続きでこう述べる。 だとするならば、読者が本書から受け

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(6・完結)~

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(5)~

          【ご注意】本稿には秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、『猫の地球儀』のネタバレがあります。 (5)解体される物語 (承前)私の考えでは、ここで晶穂は本書の読者に擬せられているのである。感動したの何だのと言いながら、しょせん読者とはどんなに登場人物に感情移入しようと「信じ難いほどの悪趣味」で他人の悲劇を消費する「最低最悪のノゾキ魔」なのではないかと問われているのだ。 こうした当事者と傍観者との超えがたい溝は、この後もさらに残酷なかたちで繰り返される。4巻で逃避行に出た浅羽

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(5)~

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(4)~

          【ご注意】本稿には秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』、『猫の地球儀』のネタバレがあります。 (4)夢見るリアリスト・秋山瑞人 (承前)話を戻す。システムがどれだけ冷酷なものであろうと、結果をめざす過程がどれだけおぞましいものであろうと、個人と全体の破滅とを天秤にかけたとき、榎本たちにとってどちらをとるかは選択肢にすらなっていなかった。 私はここに、冷酷なシステムさえも必要悪として捉える秋山の冷徹な視線を感じる。この視線は前作『猫の地球儀』から続いているものだ。 『猫の

          20年目の〝夏の終わり〟~秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏』をめぐって(4)~