見出し画像

かがみあきら・没後40年目の夏に(2)

『ワントレ』はしっかりとしたストーリーがあり、SF漫画として純粋に面白かったが、学習漫画としても秀逸だったと思う。現に私はこの作品でバクテリオファージについて学んだおかげで、1年後に小松左京『復活の日』を読んだとき、作中に出てくるウイルス兵器の仕組みをすぐ理解できた。

しかし何より印象に残ったのはかがみの画だった。特に登場人物の描き方。それまで藤子不二雄やすがやみつる、のむらしんぼなど漫画といえばコロコロの画しか知らなかった眼に、手足のほっそりしたかがみの繊細な画風は異質で、それなのになぜか心地よく映った。

何よりも女の子が可愛かった。主人公の男の子が涙ぐむガールフレンドの横顔を見て「か、かわいい……」と顔を赤らめる場面があるが、男の子の感情はそのまま私の感情でもあった。二次元への目覚めである。それは、従来の漫画にあった「記号としてのカワイコちゃん」とは別次元の存在であり、描かれたままの姿が本当に可愛かったのだ。

いや、ドラえもんのしずかちゃんは本当に可愛いのだと主張する向きも、今回だけはお目こぼし願いたい。ついでに言うと『ワントレ』では眼鏡っ娘のユカリ先生も可愛かった。いま便宜的に眼鏡っ娘と書いたが、当時は眼鏡っ娘という概念そのものが存在しなかったし、眼鏡をかけた女性をチャーミングに描くこと自体、漫画やアニメの世界では珍しかったのだ。

『ワントレ』は1年間連載の予定だったが9カ月で終了してしまう。不評だった訳ではなく、漫画のことをよく知らない編集部が原稿料を高く設定し過ぎたせいではないか――と鹿野は述べている。

代わりに始まった連載は、科学啓蒙の目的には沿っていたかもしれないが、いかんせん『ワントレ』に比べるとまったく面白くなかった。そんな折り、私はまたかがみの名前を見つけることになる。場所はあろうことか市立図書館であった。雑誌コーナーの一角に『リュウ』が置かれていたのだ。

いま考えると、なぜ図書館が『文藝春秋』や『中央公論』などと一緒に『リュウ』などというマニアックな漫画雑誌を毎号購入していたのか、まったく理由が思いつかない。現在のように公立図書館が堂々と漫画の貸し出しを行う時代ではない。市民の血税で何を買っているんだとクレームが来てもおかしくなかったろう。司書におたくがいたとしか思えないのだが、いまさら詮索しても仕方ないので話を戻そう。

『リュウ』に連載されていたのは『サマースキャンダル』だった。近未来の東京を舞台に、二組の高校生カップルが宇宙からの侵略者だのマッドサイエンティストの発明だのといったSF的事件に巻き込まれるラブコメの連作である(ちなみにユカリ先生がテレビキャスター役でカメオ出演している)。(続く)

いいなと思ったら応援しよう!