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「駿甲相三国同盟 今川、武田、北条、覇権の攻防」 ◆読書感想文:歴史◆(0036)

戦国時代、稀有の攻守協働軍事同盟。戦国三英傑の天下統一に隠れて脇に追いやられがちな東国戦国史の一大転換点を考察する一冊です。
(本記事/ 文字数:約5200字、読了:約10分)

《引用》 松雪斎銀光,具足屋『講談一席読切 今川義元 中村芝翫』(国立国会図書館所蔵)
「国立国会図書館デジタルコレクション」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/dignl-1307122)

<こんな方にオススメ>

(1)戦国時代が好き
(2)東国における戦国時代の歴史に興味がある
(3)戦国大名の内情についてより深く知りたい

<趣意>
歴史に関する書籍のブックレビューです。対象は日本の歴史が中心になりますが世界史も範囲内です。新刊・旧刊も含めて広く取上げております。
※以下、本書の本旨や核心に触れている部分があるかもしれません。ご容赦ください。


「駿甲相三国同盟 今川、武田、北条、覇権の攻防」

著 者: 黒田基樹
出版社: KADOKAWA(角川新書)
出版年: 2024年

<概要>

関東における戦国時代の半ばから後期にかけてその軍事・政治状況に決定的な役割を果たした駿甲相三国同盟を時系列で成立から崩壊まで解説することを大きなテーマにしていると思われます。
※「三国同盟」の呼称は定まっていないようですが本記事では本書に従い「駿甲相三国同盟」で便宜上統一します。

本書は十一章構成になっています。大きく4つに分けることができると思われます。
第1に、いわば三国同盟前史として第1章から第2章まで、同盟に至るまでの三大名家の状況が説明されています。
第2に、第3章から第5章まででおもに三国同盟の形成とその実相が分析されています。
第3に、第6章から第9章において三大名家の政治的・軍事的な協力関係が効果的に機能して進展していく様子が詳述されています。
第4に、第10章から第11章で今川家と武田家の関係性の変化に伴い三国同盟が崩壊していくまでが考察されています。


《引用》 楊洲周延,山村鉱治郎『〔武田信玄〕〔川中嶋東都錦画 明治15年6月上演 猿若座〕
(収載資料名:〔俳優似顔錦絵〕)』(国立国会図書館所蔵)
「ARC古典籍ポータルデータベース」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/arc_books-NDL_1302605)

<ポイント>

(1)三国同盟の通史的解説により三大名家の内実がよく理解できる
同盟前夜の状況から成立、進展そして終焉までその通史が説明されるとともに、同盟における三大名家それぞれの政治的・軍事的な内部事情が詳しく分析されています。
(2)三大名家の書状など一次的史料による実証的分析
三大名家をはじめとして上杉家や足利将軍家側の書状も含めた文献を中心的に取り扱って、そこから三国同盟の性質や内実を実証的にかつ確度の高い分析しています。

[著者紹介]

黒田基樹
駿河台大学法学部教授。専門は日本中世史。
そのほかの著作:
「家康の天下支配戦略 羽柴から松平へ」
「戦国大名の新研究3 徳川家康とその時代」
「徳川家康の最新研究 伝説化された「天下人」の虚像をはぎ取る」
「お市の方の生涯 「天下一の美人」と娘たちの知られざる政治権力の実像」
「家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる」
「今川のおんな家長 寿桂尼 」
「国衆 戦国時代のもう一つの主役」
リンク先:
教員情報 (駿河台大学)


<個人的な感想>

本書「駿甲相三国同盟」は、三国同盟を軍事面のみならず政治面・社会面からも考察した総合的な通史的解説という印象です。

しいて難点をあげるとすると「長い…」。新書としてはやや長めの300ページ超。本全体の長さだけでなく説明も長いです。史料の地味な解説や分析も多いです。しかし、これは文献を丁寧に扱っているがゆえ。結果、ライトな歴史好き層にはちょっとカタいうえにやや冗長で重くなり、読み進むのが難しく感じてしまうかもしれません。

本書を読み終えて、三国同盟の通史として、同盟がどのように成立し展開していき、そして最終的にどのように終結(崩壊)にいたったのか、よく理解できるようになりました。

今川義元が織田信長に桶狭間で討たれて、武田信玄はあまり時間をおかずに駿河攻略を考えていたように勝手に思い込んでおりましたが、そうではなく義元の討死後も三家は積極的に協力して同盟を維持していたことがよく分かりました(義元の死から信玄の駿河侵攻は8年後。三国同盟の期間は約14年)。

著者が説明している通り、三国同盟は軍事面だけでなく、三国間の経済関係や社会関係の深化そして三国が協調しての外交という点でも特徴がありました。これらの点で他の戦国大名間の同盟などとは異なる次元の関係性であったことがよく分かります。

また周辺の大名(とくに上杉謙信)や足利将軍が三国同盟をどのように捉えていたかという外部的視点がその理解を強化してくれています。とくに三国同盟のいわば主敵ともいえる上杉謙信との相克には力点も置かれており、三大名家だけでなく上杉謙信についてもより理解を深めることができると感じました。

本書「駿甲相三国同盟」は、三家それぞれの内情とそれゆえの三国同盟の存在価値そして同盟が戦国時代に果たした歴史的意義をより深く理解することができる一冊であるなと感じました。

たいへん勉強になりました!


《引用》 月岡芳年,船津 忠次郎『「大日本名将鑑」「北条氏康」』
(東京都立図書館所蔵) 「東京都立図書館デジタルアーカイブ(TOKYOアーカイブ)」収録
(https://jpsearch.go.jp/item/tokyo-R100000086_I000007983_00)

<強固でありながら脆弱だった駿甲相三国同盟>

三国同盟は相互不可侵条約的な性質にとどまらず、攻守の相互協力を約束する軍事同盟でした。この点でも十分に特別であったと思います。さらに軍事同盟というよりも政治同盟に近いといった方がいいのかもしれません。

当主の嫡男に相手方の娘を嫁がせることは、和睦や同盟の保証として他においてもよくあることであったと思います。これを三家においてたすきがけ的に婚姻関係を組み合わせることで関係をより強固にすることになりました。その結果、次々代には相手方の血縁が当主に引き継がれますので血縁を重視する戦国時代にはとても重要な要素だったのだと思われます。

当時の三家の書状などでも、それぞれが家族や兄弟のようなものだと言っていることからも、ほかの同盟などと比較して特異な、三国の一体化をより推進する積極的な同盟関係であったのであろうと推察されます。

このような婚姻や血縁を軸として関係性を強めていく戦略が深化していくと、もしかしたらヨーロッパにおけるハプスブルク家のような状況が生まれていたかもしれないなーとちらっと感じたりもします。

武田家と北条家にとっては、関東管領という権威や室町将軍という後ろ盾を持つ上杉家との抗争において非常に重要な役割を果たしたと思われます。北条家では上杉謙信によりいったん本拠・小田原城まで押し込められる窮地に陥りますが、武田家と今川家の援軍により謙信の圧力を押し返すことができました。北条家単独であったならば滅亡していたかもしれません。

このように三国同盟は攻守において軍事協力が実施されるとともに、当時としては珍しいことに戦国大名の当主同士による直接の会談も行われています。やはり特異な同盟関係でありとても深くて強い関係性が構築されていたのだと思います。

しかし、その関係も永続しませんでした。今川義元の討死という突発的事件により今川家が退潮傾向に入ってしまいます。さらに信玄の嫡男である武田義信の廃嫡と死去による今川家との婚姻関係の解消が決定打となります。

こうして同盟関係のもっとも強力な鎹を失われてしまいます。義信に今川家の血筋を引く後継者としての嫡男がいれば、信玄が後見人となり、今川家からの正室も当主(後継者)の生母として甲斐に留まり同盟関係の継続もありえたかもしれませんが。

三国同盟は強力な関係を構築しましたが、その主たる要因は三家の利害関係が一致していたからだと思います。しかし利害関係は一致していたものの、三家が共通の理念や価値観を持っていたわけではありませんでした。先に「三国同盟は政治同盟に近かったかもしれない」としましたが、明確な共通理念のようなものを生み出すまではいかなかったのでしょう。

例えば「室町幕府の再興」とか「三家合同による天下統一」とか、そのようなものがあれば今川家が勢力を衰えさせたとしても、ほかの同盟者がその再興に協力した可能性はあったと思います。

やはり所詮は戦国時代。相手が弱ってしまえば、その相手が別の第三者に滅ぼされる前に自分のものにしてしまえ、ということだったのでしょうか。しかも三国同盟の場合、今川家と武田家は同盟後期には利害関係の一致も怪しい状況になりつつありました。

その意味で三国同盟は、”利害関係の一致は長期的には継続しない、だから利害関係だけを頼りにした関係性も長期的には継続しない”、ということの証左なのかもしれません。


<補足>
今川義元 (Wikipedia)
今川氏真 (Wikipedia)
武田信玄 (Wikipedia)
北条氏康 (Wikipedia)
北条氏政 (Wikipedia)
上杉謙信 (Wikipedia)
三国同盟 (Wikipedia)

<参考リンク>
書籍「戦国大名の新研究1 今川義元とその時代」 (戎光祥出版)
書籍「シリーズ・中世関東武士の研究 第35巻 今川氏真」 (戎光祥出版)
書籍「今川氏滅亡」 (KADOKAWA)
書籍「武田信玄 芳声天下に伝わり仁道寰中に鳴る」 (ミネルヴァ書房)
書籍「戦国大名の新研究2 北条氏康とその時代」 (戎光祥出版)
書籍「北条氏政 乾坤を截破し太虚に帰す」 (ミネルヴァ書房)

敬称略
情報は2024年12月時点のものです。
内容は2024年初版に基づいています。


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(2025/02/10 上町嵩広)

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