何故、今、桃太郎なのか。
――今の時代には、今の時代のヒーローが必要で、それを広く浸透させるためには物語が必要で、歴史的にもその役を担うのは「桃太郎」が打ってつけなのです。
人生は物語。
どうも横山黎です。
大学生作家として本を書いたり、本を届けたり、本を届けるためにイベントを開催したりしています。
毎月最終日には、誰の目を気にすることもなく、僕の過去のことをつらつらと語っています。今月もその日が来たので、記憶の旅に出かけてみます。
今回は「何故、今、桃太郎なのか。」というテーマで話していこうと思います。
📚桃太郎に魅せられた2年前
最近僕のnoteを読んでくれている人からすれば、耳にタコができるほど、いや、読んでいるから目にタコができるほど、「桃太郎」という言葉を目にしてきていると思います。卒業研究のテーマが「桃太郎」だし、今度3月3日(日)に「桃太郎」についてめちゃくちゃしゃべるトークイベントを控えていることもあるし、毎日のように「桃太郎」という言葉を書いたり話したりしています。
今回は、なんで僕がそんなに桃太郎桃太郎しているかを丁寧に語っていこうと思いますね。
#桃太郎桃太郎とは ?
振り返ると、「桃太郎ってめっちゃ面白いじゃん」と思ったのは、大学2年生のときでした。
近現代文学の授業で、ゼミでもお世話になっていた教授から紹介されたのが始まりでした。その授業では学生がそれぞれ文学作品に対する研究をして、レジュメをつくって発表する内容のものだったんですが、その導入として教授から芥川龍之介の『桃太郎』について講義があったんです。具体的な内容は忘れてしまいましたが、特別興味深く思ったことは確かで、その後、僕は「桃太郎」についてめちゃくちゃ調べるようになりました。
芥川の『桃太郎』では登場人物たちの善悪の反転が起こっています。桃太郎が鬼が島を侵略する悪の存在として、鬼が平和を愛する善の存在として描かれているんです。最終的には、鬼が島侵略に遭った鬼が人間に復讐することばかりを考えるようになるんですね。ここに、戦争やナショナリズムへの批判が見て取れます。大正末期に書かれた芥川の『桃太郎』はまるでその後日本国民全員が戦地へ向かう未来を予言しているかのような一冊なんです。
芥川は大正末期に立ち込めていた「匂い」を嗅ぎ取って、「桃太郎」を再話する形で、作品のなかにそれを表現したといえるわけですが、そんな風に、「桃太郎」を利用することによって思想を展開したり、その時代に求められている英雄の姿を描いたりしてこられたんです。
明治時代の「桃太郎」では近代国家形成のために明治政府の意向に従う桃太郎が描かれたし、大正時代の「桃太郎」では鬼のような資本家を退治しようとする労働者の桃太郎が描かれたし、昭和初期の「桃太郎」では鬼畜米英を侵略するために戦地へ勇進する桃太郎が描かれました。
このように今ではおおよそ一通りの物語しか知られていない「桃太郎」ですが、実は時代によって物語の変容が起こっていたんです。その事実に、「桃太郎」に対する興味が俄然と膨らみ、気が付けば卒業研究のテーマにしていました。
📚「桃太郎」をみんなでつくった理由
2年前の時点でだいぶのめりこんでいたことは、当時の僕のnoteの記事からも分かることです。「桃太郎」に関する本や文献を読み漁ってそれをアウトプットするために、その時代における「桃太郎」の物語を紹介したり、現代の「桃太郎」について考察したりしていました。
また、自分でも「桃太郎」を再話してみたいと思い、noteでみなさんの意見を募りながら、つくっていきました。今やもう懐かしい話ですね。新作「桃太郎」の共同創作を行っていたんです。その頃も毎日投稿していましたから、毎日あれやこれやとできあがった原稿や議題を投げたりして、コメント欄でみなさんから感想や答えをもらっていたんです。
どうして共同創作しようかと思ったかというと、もちろんみんなでつくった方が楽しいし、作者の一人よがりな作品にならないから読者ファーストの作品になるからですが、「つくろうとしている『桃太郎』のコンセプト的にみんなでつくった方が良いから」が大きな理由なんです。
芥川をはじめ、これまでに多くの作家たちが「桃太郎」を再話して、その時代に求められている英雄像を描いたり、自分の思想を展開していったわけですが、同じように僕もそれをしようとしたわけです。で、今の時代に求められている「桃太郎」とはどんな物語なのかを考えたときに、従来のように異なる存在の鬼を退治する「勧善懲悪」の物語よりも、鬼と仲良くなって共に生きる「共生」の物語の方がふさわしいと思いました。
多様性だの共存だのボーダーレスだのが謳われている今の世のなかで、相手の存在を否定して排除することも、自分とは違う相手を「悪」と見立てる視点も好ましくありません。そんな物語をこれからの子どもたちに読ませてはいけません。いや、読ませてもいいけれど、もっと大切なことをまずはじめに伝えなくちゃいけないじゃないですか。
相手を認めること。
みんなで生きること。
そんなメッセージを込めた「桃太郎」を、僕はつくろうとしたんです。そこで、物語をつくる本人がまずは行動しなきゃと思いまして、制作段階から「共生」の要素を取り入れてみることにしました。だから、僕は「桃太郎」をみんなでつくることにしたんです。
※共同創作してつくった『桃太郎』↓↓↓
📚何故、今、桃太郎なのか。
今回のテーマに掲げた「何故、今、桃太郎なのか。」という問いですが、その答えはなんとなく伝わったと思います。
今の時代には、今の時代のヒーローが必要で、それを広く浸透させるためには物語が必要で、歴史的にもその役を担うのは「桃太郎」が打ってつけなのです。今の時代に合った物語にアップデートさせて、広く知らしめてみたい。そんな大きな夢を、僕は今、持ってしまっているんです。
もちろん、世には現代版「桃太郎」の絵本が出版されています。『ふたりのももたろう』や『ももからうまれたおにたろう』といった最近出版された絵本では、鬼の心や暮らしや文化に焦点を当てて、善悪の二元論ではなく、この記事で指摘したように「共生」や「多様性」をテーマに掲げているんです。
ただ、それはどちらかといえばパロディのような側面が強いと思っていて、純粋な『桃太郎』ではない印象を受けるんです。僕のつくろうとしている物語、伝えたいメッセージに差異はないんだけれども、僕はあえて『桃太郎(あるいは、『ももたろう』)』という題で、もっと昔話を踏襲するような形の絵本をつくりたいんです(つまり、以前共同創作した『桃太郎』とは別!)。
少しずつ絵本の制作は進めているんですが、いつになるかは分かりません。ただ、いざ出版するとなったとき、僕はより多くの人たちに届けたいと思っているので、広く浸透させる演出を考えなければいけないんです。そのための下準備として、僕は2年前に「桃太郎」を共同創作したし、「桃太郎」をテーマに卒論を書いたし、今度「BOOK TALK LIVE “桃太郎”」というイベントを開催するというわけです。
ひとつの文化をつくるためには、長い時間をかけること、そして、いろんな人を巻き込むことが必要になってきます。もし、この記事を読んで、少しでも興味を持ってくださった方は、僕の「仲間」になってください。この記事にコメントしてくれるだけでも嬉しいですし、お近くにお住いの方向けにはなりますが、今度のイベントに参加していただけたら泣いて喜びます。
「桃太郎」の物語に触れ、その宿命を背負ってしまったからこそ、僕はとことん「桃太郎」の可能性を追求していくつもりです。どれくらい先のことになるか分からないけれど、いつかの未来で子どもから大人まで笑顔で生きやすい世界をつくれたらいいな。そして、その世界をつくった僕とあなたとで笑って、泣いて、朝まで呑み語る日が来ればいいな。
そんな伏線を回収するためにも、とりあえず「BOOK TALK LIVE “桃太郎”」に全力で向き合ってみますね。最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
20240131 横山黎
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