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ジェイムズ・ポスケット著『科学文明の起源』:近代科学のグローバルな歴史に迫る

ジェイムズ・ポスケット著『科学文明の起源:近代世界を生んだグローバルな科学の歴史』(水谷淳訳、東洋経済新報社、2023年12月)は、従来のヨーロッパ中心的な科学史観を覆し、近代科学の形成における非西洋世界の貢献に光を当てた意欲的な著作です。

本書は、科学史研究の最新成果に基づき、科学革命から現代に至るまでの科学技術の発展をグローバルな視点から描き出すことで、近代科学の起源と発展に関する新たな視点を提供しています。


ジェイムズ・ポスケット:科学史における新進気鋭の研究者

本書の著者であるジェイムズ・ポスケットは、ウォーリック大学准教授であり、科学技術史を専門とする新進気鋭の研究者です。

ポスケットはケンブリッジ大学で博士号を取得し、ダーウィン・カレッジのエイドリアン・リサーチ・フェローシップを取得した経歴を持ちます。

彼は『ガーディアン』『ネイチャー』『BBCヒストリーマガジン』などに寄稿するなど、科学史研究の成果を広く社会に発信する活動も行っています。また、インドの天文台からオーストラリアの自然史博物館まで、世界各地を調査のために訪れ、科学史研究のフィールドワークにも積極的に取り組んでいます。

2012年には英国科学作家協会の最優秀新人賞を受賞するなど、その研究業績は高く評価されています。

『科学文明の起源』の概要と構成

『科学文明の起源』は、1450年頃から現代までの科学技術史を、時代区分ごとに3つの部に分けて論じています。

第1部「科学革命 1450年頃~1700年頃」では、ヨーロッパにおける科学革命が、新世界との出会いやイスラム世界との交流を通じて、非西洋世界の知識や技術の影響を受けながら形成されたことを明らかにします。

第2部「帝国と啓蒙 1650年頃~1800年頃」では、ヨーロッパ諸国の帝国主義的な発展と啓蒙主義の時代における科学の発展を、奴隷貿易や植民地支配といった負の側面も含めて考察します。

第3部「グローバルな科学 1770年頃~2000年」では、18世紀後半から20世紀にかけて、科学がヨーロッパだけでなく、アメリカ、アジア、アフリカなど世界各地で発展していく過程を、ナショナリズムや冷戦といった政治的・社会的な文脈と関連付けながら分析します。

近代科学の起源に関する従来の視点

従来の科学史では、近代科学は16世紀から18世紀にかけてヨーロッパで誕生し、その後、世界各地に広まったと考えられてきました。

コペルニクス、ガリレオ、ニュートンといったヨーロッパの科学者たちの功績が強調され、非西洋世界の科学技術への貢献は軽視される傾向がありました。

『科学文明の起源』の主要な論点

本書は、このようなヨーロッパ中心主義的な科学史観を批判的に検討し、近代科学はヨーロッパだけでなく、世界各地の科学者たちの交流と相互作用によって発展してきたことを明らかにしています。

ポスケットは、従来の科学史では見過ごされてきた非西洋世界の科学者たちの貢献を具体的に示すことで、よりグローバルな視点から科学史を捉え直す必要性を訴えています。

例えば、コペルニクスが地動説を提唱する際に、15世紀にサマルカンドで活躍したウルクベクの天文台で行われた天体観測の成果を含む、イスラム天文学の知見が重要な役割を果たしたこと、ニュートンの万有引力の法則の発見には、南米やアフリカで行われた天体観測や振り子の実験の結果が不可欠であったこと、ダーウィンの進化論は、ロシアや中国で議論されていた進化論の影響を受けていることなど、具体的な事例を挙げて、近代科学における非西洋世界の貢献を明らかにしています。

科学と帝国主義

ポスケットは、近代科学の発展が帝国主義と密接に関係していることを指摘しています。

ヨーロッパ諸国は、植民地支配を通じて、世界各地の資源や知識を収奪し、自国の科学技術の発展に利用しました。

例えば、18世紀のヨーロッパでは、博物学が盛んになりましたが、それは植民地貿易会社が、新たな交易品や資源を求めて世界各地を探検し、動植物や鉱物などの標本を収集したことが背景にあります。

これらの標本は、ヨーロッパの科学者たちに研究材料を提供し、博物学の発展に貢献しました。しかし、その一方で、博物学は、植民地支配を正当化する根拠としても利用されました。

『科学文明の起源』に対する評価と批判

本書は、科学史研究者から高い評価を得ています。

松村一志は、本書を「ヨーロッパ中心主義として否定していく」好著と評し、グローバル・ヒストリーの観点から科学史を捉え直すことの重要性を指摘しています。

また、山田裕貴は、「科学的発見とはどういうことかについては一定の関心を持ち続けており、それを日常の仕事に活用してより良いものに」 7 するために本書が役立ったと述べています。

一方で、本書で紹介されている非西洋世界の科学者たちの貢献が、近代科学の形成にどの程度影響を与えたのかについては、更なる研究が必要であるという指摘もあります。

読者への影響と現代社会における意義

本書は、読者に、近代科学に対する従来の見方を問い直し、より多様でグローバルな視点から科学史を捉え直すことを促します。

また、科学技術が、政治、経済、社会、文化など、様々な要因と複雑に絡み合いながら発展してきたことを示すことで、現代社会における科学技術の役割や責任について考えるきっかけを与えてくれます。

特に、現代社会は、グローバリゼーションとナショナリズムという相反する二つの力がせめぎ合う時代です。

国家間の共同研究に影が差し込んでいる現代において、この本は科学史を通じて、国際的な協力と交流の重要性を示すとともに、科学技術がナショナリズムやイデオロギーに利用される危険性を警告しています。

科学文明の発展における他の重要な人物・出来事との比較

この本では、コペルニクス、ニュートン、ダーウィンといった著名な科学者だけでなく、これまであまり知られていなかった非西洋世界の科学者たちにも焦点を当てています。

例えば、16世紀のオスマン帝国の天文学者ターキー・アル・ディン は、イスタンブールに天文台を建設し、精密な天体観測を行いました。

また、日本の江戸時代の博物学者小野蘭山は、独自の分類体系に基づいて動植物を研究し、『本草綱目啓蒙』を著しました。

これらの科学者たちの業績を紹介することで、ポスケットは、科学史における多様性を浮き彫りにし、近代科学がヨーロッパだけで発展したわけではないことを示しています。

結論:『科学文明の起源』の重要性と今後の研究課題

『科学文明の起源』は、近代科学に対する従来の見方を根底から覆す、画期的な著作です。

本書は、科学史研究の最新成果を踏まえ、グローバルな視点から科学技術史を描き出すことで、科学史研究に新たな方向性を示したと言えるでしょう。

ポスケットは、科学史におけるグローバルな相互作用を明らかにすることで、現代社会における科学のあり方についても示唆を与えています。

科学は、国家や民族の枠を超えた協力と交流によって発展してきました。

現代社会が直面する地球規模の課題を解決するためには、科学者たちは、国境やイデオロギーを超えて協力し、共通の目標に向かって努力することが重要です。

今後の研究課題としては、本書で提示された新たな視点に基づき、近代科学の形成における非西洋世界の貢献をより詳細に分析すること、そして、現代社会における科学技術の役割や責任について、歴史的な視点から考察を進めることが挙げられます。


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