衣谷 其土

初めまして。あるいは、いつもありがとうございます。 このアカウントは、私の「こんな小説が読みたい」というエゴを実現させるためのものです。 まさしくnoteにしたためた妄想、空想。 自己満足そのものでしかありませんが、趣味が合う方の目に触れたら嬉しいなと、乱文を不定期に投下します。

衣谷 其土

初めまして。あるいは、いつもありがとうございます。 このアカウントは、私の「こんな小説が読みたい」というエゴを実現させるためのものです。 まさしくnoteにしたためた妄想、空想。 自己満足そのものでしかありませんが、趣味が合う方の目に触れたら嬉しいなと、乱文を不定期に投下します。

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  • インガ

    世界規模の感染症パンデミックにより、国家という枠組みが瓦解して企業自治体が乱立した世界。 感情を表層化するIMGシステムにより管理された社会で、謎の人型ロボット「インガ」に命を狙われた少女。 孤独を許さない社会で孤立した少女は、やがて世界の真実に触れる。

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最近の記事

インガ [scene004_22]

田嶋の聴取は、また別の担当者に引き継がれることになった。つまり、田嶋は全てを話すことに同意して、罪を償うことを受け入れたんだ。 「お疲れさまです、染井博士。見事なものですな」 「…私はただ対話をしただけですよ」 モニター室を出た俺たちは、聴取を終えた染井氏と合流して執務室に向かった。 田嶋のような被疑者を含む部外者が出入りする区画は、セキュリティの観点から業務スペースと物理的に隔離されていて、俺たちは自分の仕事場へと戻るために数分歩く必要があった。 その道中、俺はハナ

    • インガ [idea_002]

      家族仲が良い、という自覚はある。それでも周囲の反応を見る限り、その認識にはギャップがあるみたいだ。 普通は———という言葉の定義はかなり曖昧だけど———高校生にもなって、歳の離れた兄と2人きりで映画には行かないらしい。 カオリに言わせると、兄という生き物は高校生女子にとって汚物も同然で、会話どころか目を合わせることも憚られる存在とのこと。 それはそれで偏った意見だと思うし、それが普通というなら私は変わり者で良い。 流石に「まさかお風呂も一緒に!?」と言われたときは、全力

      • インガ [idea_001]

        「ヨシノ、PALCOいこ」 と、私の鼻先とタブレット端末の画面との間に、カオリが勢いよく顔面を割り込ませてきた。 「もう、ビックリするからそれ辞めてって」 「まだ慣れないの?」 「慣れを待つんじゃなくて、アプローチを変えてってば」 かなり本気で文句を言ってるつもりなんだけど、カオリには全く効果が無いらしく、彼女は口を尖らせる私の様子にケラケラと笑い声をあげた。 「まったく…ちょっと待ってて、今片付けるから」 友人の悪戯で中断されたロック動作を行い、スリープモード

        • インガ [scene004_21]

          染井氏の言葉には節々に違和感があった。まるで田嶋の感情を、文字通りに窺っているような。 「先輩、あんたが適任と言ったのは———」 「そうだ。あの方は、IMGで被疑者の感情を読み取れる。聴取で真相を掴むには人心掌握スキルが求められるが、彼はテクノロジーでそれを実践できる。そして、その精度はベテラン以上にもなろう」 「なるほどな。だが当然、奴はそのことを知らんわけだ?」 先輩が鼻を鳴らして、こちらを一瞥する。 「非道徳とでも言うかね?しかし、前任者が匙を投げた聴取を、少

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        • インガ
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        記事

          インガ [scene004_20]

          染井氏が椅子を引いて静かに腰を下ろし、タブレット端末をアンロックして、事件に関する経緯が書かれた資料を開く。そして、取調室に取り付けられた高性能マイクですら拾いきれないほど小さな声で、何やらぶつぶつと呟き始めた。 そんな様子すら無視する男を無視して、染井氏はひたすら資料を読み耽る。 事件発生から数時間も経っておらず、未だ聴取らしい聴取もできていない状況だから、耽るほど読めるような資料でもないはずなのだが。 そんな様子を見せつけられて堪らず口火を切ったのは、モニター室の俺た

          インガ [scene004_20]

          インガ [scene004_19]

          悲鳴が聞こえた。 何処からかというと、少なくとも店の外だった。 実を言うと、一瞬だが店内で何か起こったのかと錯覚した。それくらい、その甲高い女性らしき叫び声は、至近距離で上がった気がしたんだ。 反射的に立ち上がり、店の外に飛び出る。出入口から最も近い席に座っていたことと、換気のために引き戸が開いていたことは幸運だった。 瞬時に左右を見渡し、喧噪に耳をそばだて、現場が大通りであること———店は狭い路地を少し入った所にあった———を察知する。 脚はほとんど無意識にトップギ

          インガ [scene004_19]

          インガ [scene004_18]

          言い忘れていたが、アドワークスは倒産しなかった。 不祥事と云うには血と泥の臭いがし過ぎる事件を起こしたあの会社は、その事実の隠蔽と生き残ることに成功した。 それはアドワークス自身より、財善の意志によるところが大きい。 つまり、財善は自らを陥れた敵を告発しなかったんだ。表向きには———俺たち当事者に向けて、という意味だが———弱みを握ったまま奴らを飼い慣らすことで、東京への影響力を得る方が旨味があるという理屈をつけて。 しかし裏側…つまり本心としては、ただでさえ暴動で荒れ果

          インガ [scene004_18]

          インガ [scene004_17]

          「———どう思う」 煙草に火をつけて、俺はハルに問いかけた。 結局、俺たちは辞令を受け入れるかどうかの答えを保留にして、1週間ほど考える時間をもらうことにした。 考えを整理する時間が欲しかったんだ。 勧善装置という概念には惹かれるものがあったし、染井氏の思いには少なからず共感できるところもあった。 しかし、実現性の高低を判断することができなくて———なんと言っても全く新しいシステムの話だったからな———二つ返事でプロジェクトへの参加に同意することもできなかったんだ。

          インガ [scene004_17]

          インガ [scene004_16]

          染井義昭。 彼と初めて会ったのは、そのときだった。 第一印象は、正直なところ———すまない、君の親父さんを悪く言うつもりは無いんだが———「なんだ、このくたびれた男は」だった。 小柄な身に羽織った白衣には皺が寄っていて、頬から顎にかけて数週間は放置していただろう無精髭が生えている。こけた頬と目の下に出来た隈は、どれほど多忙なのか知らんが、まともに睡眠を摂れていないだろうことを物語っている。 疲労感を身に纏った、いつまでも現役を引退させてもらえない年代物の中古車を思わせる風

          インガ [scene004_16]

          インガ [scene004_15]

          「やあ、久しぶり」 久しぶりに出向いた財善のオフィスで最初に顔を合わせたのは、ハルだった。 「…なぜ俺のデスクにお前が居るんだ」 「君が来るって聞いたからね」 ハルが座ったオフィスチェアを引いてスペースを確保してから、俺は自席に上着とリュックを置いた。 そして空席だった隣からチェアをもうひとつ引っ張ってきて、腰を下ろしてため息をつく。 「大丈夫かい?顔色は…まあ、悪くないみたいだけど」 「長期休暇を貰ったからな、これで元気じゃなかったら医者に行ったほうが良い」

          インガ [scene004_15]

          インガ [scene004_14]

          拳銃の弾倉を詰め替え、左手でスライドを引きながら本体を前方に押しやり、排莢しつつチャンバー内に初弾を送り込むハナヤシキ先輩。 そして柱を背にして崩れている敵員に銃口を向けて、 「貴殿らの狙いは何だったのだ」 「うっ…クソ野郎、……お前らが本社で…どれだけの仲間を、殺したか…覚えているか?」 「…復讐、ということか」 息絶え絶えの敵員の言葉に、先輩は吉川の遺体の方に顎をしゃくりながら、 「ならば、あれは何だね。貴様らの同胞ではないか。 もろともに銃撃した、その理由は

          インガ [scene004_14]

          インガ [scene004_13]

          東京に来て最初の任務、青山フカク小隊長の救出作戦。歌舞伎町のホテル前でハナヤシキ先輩と握手を交わし、財善の庇護を受け入れたヤマト少年。 アドワークス本社潜入作戦、その直前に俺たちのサポートを快く引き受けたヤマト少年。 その裏でアドワークス警務部長の吉川と通じ、あまつさえ身内になったはずのタカハシを殺めたヤマト少年。 駆けつけた廃工場で、敵陣の側で立ち尽くすヤマト少年。 懐深くに入り込んで最悪の裏切りを見せた彼が、「手助けをしたい」と申し出た。 その言葉に、俺が感じた

          インガ [scene004_13]

          インガ [scene004_12]

          アドワークス本社から20キロほど離れた場所にある、廃工場。そこが、移送隊との合流を予定して設定した中継ポイントだった。 今回の件について、裏側を熟知している要人。これを確保して中継ポイントに行き、移送隊とともに財善に帰還する。この計画は、概ね予定通り進んでいた。 致命的に計画を狂わせていたのは、確保した要人が狡猾にも裏で手を回し、俺たちよりも早く中継ポイントに部隊を向かわせていたこと。 しかも、その手引きをしたのは財善に引き入れた子供達のリーダーだ。 現場に到着した俺

          インガ [scene004_12]

          インガ [scene004_11]

          気づくと俺は、吉川の胸ぐらを掴んで奴を壁に押し付けていた。 「貴様…何をしたんだ!」 「っ…、やはり貴方は野蛮だ。ハナヤシキさん、ここまでの無礼を働いた部下にもお咎め無しですか?」 ハナヤシキ先輩が俺の肩を掴み、「離せ」と低い声で言った。 当時の俺はまだ若く…いや、今だって同じだろうが、その命令をすんなり受け入れることはできなかった。 「ヒバカリ、私に代わりなさい。貴様は下がっていろ」 「…」 「ヒバカリ、上長命令だ」 先輩が語気を強める。 俺は目を瞑り、昂っ

          インガ [scene004_11]

          インガ [scene004_10]

          作戦が始まるとき、それなりのイレギュラーは覚悟していた。 しかし、これは想定外にも程があった。 「どうしました?もしかして、私に用があるのではと思い、ここでお待ちしていたのですが」 クスクスと笑いながらそう言う吉川警務部長を、ハナヤシキ先輩が睨みつける。 「…ええ、手間が省けたというものですな。貴殿には聞きたいことが———」 「ああ、その話し合いには、ぜひ私の部下も同席させて頂けますか」 と、吉川が右手を挙げると同時に、室内と通路それぞれにアドワークスの警務部員が集

          インガ [scene004_10]

          インガ [scene004_09]

          大手不動産会社が保有する、西新宿の中心に建つ高層雑居ビル。かつては複数企業が居を構えていたそこが、アドワークスの自社ビルだった。 感染症蔓延に端を発する世界恐慌の煽りを受けて、多くの企業がバタバタと倒産していき、当時そのビルでの生き残りはアドワークスだけになっていた。 建物の持ち主である不動産会社は辛うじて倒産を免れていたものの、ガタガタになったキャッシュフローを立て直そうと収益性が落ちた保有物件を売り払いだしていて、アドワークスは破格の値段で自社が入っていたビルを買い取っ

          インガ [scene004_09]