ピエール◯子おにぎり
めしにうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付けた短編小説集
2024年1月14日(日)11:00〜16:00(最終入場15:55) 入場無料 京都市勧業館みやこめっせ 1F 第二展示場 スペース番号【あ-48】 なつの真波さんのスペース「夏空ノスタルジック」にて「めしなしごと」を頒布します。 めしなしごとの中からエッセイを除いた短編小説をまとめます。 7年ぶりの文フリ~と思っていたら実は第3回にも出店していたことが分かってたいそう驚きました。記憶の欠損が激しい。 フタガミサヤ名義で出した既刊も一・二冊だけ在庫があるので持参します。
めしなしごと、本日で一旦一区切りとし、以降は不定期更新させていただきます。読んで下さった方、ありがとうございました。
生まれたときから今まで両親が仲が良かった覚えがない。それでも両方からそれなりに愛情をもらって育った手応えがある。 小さな頃、結構派手に転んで膝をすりむいたとき、父は傷口を洗ってくれて、自分がハマっている新興宗教のペンダントをくれた。そのペンダントには確か円形の金属板からはみ出るようにRの右はらいがはみ出ていて、そこで傷口を撫でるようにするといいよと教えてもらった。そうなんだ、と思って撫でたら少し痛かった。 うちで新興宗教にハマっていたのは父だけだった。新興宗教布教のため
「テンチョー、これ好き?」 咲子が差し出したのはラム酒入りのチョコレートだった。 「あ、もうこれが出る季節なんですね」 「食べたことないって言ったら、『美味しいんで!』って渡されちゃって。断りきれなかったの」 Bar しゃっくりの店主は咲子の手から板チョコよりも少し厚みのある赤いパッケージのチョコを受けとる。 「下戸だって知ってるのに渡してくるの、趣味悪くない?」 「でも、咲子さん甘いお酒はお好きだし、ドライフルーツとかも好きですよね。ちょっと待っててください」 そう言
夕暮れどきに野良猫が入っていきそうな路地の中ほど、昭和の香りがする長屋と長屋の間にこっそり紛れるようにその店「Bar しゃっくり」はあった。通り過ぎるだけのつもりでその路地に入っていき、そっと入り口を吟味する。バーというのは分厚い扉の向こうにあるものだと思っていたが、洋風のふすまにガラスが嵌め込まれたような扉、それから大きめの窓のおかげで店内がよく見えた。 ふと、カウンターの中の店主と目が合って、目礼される。その目礼が今の気分にちょうど良くて、なんとなく、引き寄せられるよ
(あ……ゆうべ、飲んだんだ) 朝のキッチンの光に照らされても、ウイスキーグラスだけは夜の気配を漂わせたまま、姿勢よくそこにいる。タンブラーの半分ぐらいの高さのグラスなのに姿勢よく見えるのはきっと、値段がお高いからだろう。下戸のお父さんがお母さんに贈った最後のプレゼント。 お母さんはときどき、お酒を飲む。お酒を飲むときは、一本だけ、煙草を吸う。 煙草を吸ったりお酒を飲んだりすることが悪いことだと思うほど子どもじゃない。でも、煙草を吸ったりお酒を飲んだりしない親のほうが、な
買い物という行為を能動的に楽しめるときと楽しめないときがあって、夕飯のための買い物なんかはだいたい後者に当てはまる。そこで家族(大)の仕事の帰りに買い物を頼むのだが、量まで指定しないといけないことが若干のストレスになっている。 要は「ちっめんどくせーな。量なんかてめーがその場で考えていい感じに買ってこいよ」という思いが根底にあるのだ。買ってきてもらう立場でさすがにそこまで暴君のようなことは言えないので、いちいち量を指定していく。一番めんどくさいのは肉類だ。 例えば豚バラ
オニオンリング 「オニオンリングって、食べたら美味しいってわかってるのに、なんっか買うの躊躇しちゃうんだよね」 一帆は私の買ったオニオンリングにたっぷりケチャップをつけながらそう言った。 「昔さぁ、家で生のタマネギスライスしたサラダがよく出てて、歯触りと口の中に広がるネギ感が苦手で。火を通したら大丈夫だって頭では分かってるんだけど」 やっぱりマスタードも貰えばよかった。二つソースを貰うのはがめつく見られるかな、と思って躊躇してしまったことを今さら悔やむ。そんな私の気持ちな
きめのこまかいふわしゅわの生地を裂いたところから湯気が出る。誰がどう見ても成功だった。はじっこを味見する。うん、初めてとは思えない出来だ。といっても台湾カステラの作り方はシフォンケーキと大まかには一緒なので慣れたものだった。 中学、高校のときはやたらとシフォンケーキを焼いた。シフォンケーキって、焼いてすぐは焼き目もピンと姿勢がいいのに、時間がたつとしぼんでしまう。私のやる気にそっくりだ。私は熱しやすく冷めやすい。 シフォンケーキを思い出すとき、いつも初恋の人を思い出す。
特別なお塩で握ってもらったおにぎりが美味しかった。そう言うと「それさーたぶん化学調味料入ってたんじゃない? あんたんちって化学調味料使うんだねぇ」と言われた。そう言った相手はジャンケン勝ったような顔をしている。家に帰ってあの美味しいおにぎりが化学調味料だったのかと聞くと、あまりにもあっさり「そうだ」と言われた。「特別だって言ったのに!」ドアを大きな音を立てて閉め、自分の部屋に引きこもった。しばらくするといい匂いがしはじめ、空腹に勝てず、降りていく。匂いの正体は大好きな煮込み
私でも知ってるロックのすごい人が亡くなった。 私の夫は28ぐらいまで売れないアマチュアバンドのドラマーをしていた。最初はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのコピーから始まったバンドだった。そのミッシェルのコピーをLIVEで聴いて、すごくカッコいいな、と思った。 ミッシェルのコピーバンドとしてライブをしたのは一回だけで、すぐにギターボーカルの先輩のオリジナル曲を披露するようになったけど、やはりどこかミッシェルの面影のある曲が多かった。 やがて夫のバン
本当ならあなた方は、プリンの上に載せるものだっていちごの方がいいんでしょう。そのうち昔ながらの苦めに作ったカラメルがアクセントになる固めプリンに、緩めに立てた生クリームとまるごとのいちごを載せては「映える映える」とスマートフォンを逆にして撮影することを私は知っているのです。 物流が豊かになったこの時代に、あえて、まだ、私の上にチェリーを載せているのは、ただあなた方の惰性と、懐古主義および経済観念によるものだと私はもう知っています。あなた方はお金になるならなんだってする。そ
これからホテルでセックスする予定の男と半生の牛肉を食べるだなんて我ながら直接的だな、とサクラは自嘲した。初めて会う男だった。顔写真は送ってもらっていたが、よく撮れた、なおかつもっと若いときのものだったのだろう。全然違うじゃん、とは言わなかった。自分なんて写真も送ってないのだから、それを責める資格はない。そう思った。 この男と会うことにしたのは、ただ単にアプリでのやりとりが全く苦でなかったからだ。適度にサクラの自己肯定感を上げてくれ、適度に嫉妬をし、絶対に個人情報までは踏み
隣でじりじりと溶けていくチャイティーフロートの音が聞こえるかと思った。 どうしてこんなものを頼んでしまったのだろう。全部このカフェが素敵なのが悪い。あんまり美味しそうなイラストだったのが悪い。打ち合わせにこんなに早く来た目の前の相手が悪い。 いや、約束の時間より早く着いたから、待ち合わ時間にこの人が来る前には飲み終わるだろうと思ってコレを頼んでしまった自分の、間が悪かった。それだけだ。昔からいつもそうなのだ。 「あの」 「はいっ!」 目の前にいるのはリフォームのお客様
「この貧乏くさい炒飯が何でこんなに美味しいかねぇ」 「ばーか、炒飯ってのは貧乏くさいほど美味しくなるもんなの」 金持ちはそんなことも知らないんだね、とキョーコが言った。 「だってさ、冷凍炒飯に冷やご飯足して炒めただけなんでしょ?」 キョーコはジロリとマアサを睨む。 「……そうだよ」 「なのに味薄くないし、するするいくらでも食べれちゃう」 すごいなぁ、と言うマアサを無視してキョーコは黙々と炒飯を食べている。 「キョーコはさ冷凍炒飯とか使わなくても作れるんでしょ? それも食
「えっらいでかいね今日のコロッケ」 「コロッケじゃないよ。でかすぎてちゃんと揚がってるか自信ないから中切ったとき確認してな。だめだったらチンするし」 コロッケじゃないの? と鉄太は驚きながらご飯をよそっている。 「地元にね、バクダンって食べ物があんのさ。練り物の中にゆで卵がゴロンと入って揚げてあるやつなんだけど、ちょっとそれっぽくしてみた」 「ゆで卵にしたってこれ、でかくね?」 「ゆで卵の代わりにあるものを入れてまーす」 えーなにぃー? といいながら鉄太はしげしげと握りこ