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チャイティーフロート

 隣でじりじりと溶けていくチャイティーフロートの音が聞こえるかと思った。
 どうしてこんなものを頼んでしまったのだろう。全部このカフェが素敵なのが悪い。あんまり美味しそうなイラストだったのが悪い。打ち合わせにこんなに早く来た目の前の相手が悪い。
 いや、約束の時間より早く着いたから、待ち合わ時間にこの人が来る前には飲み終わるだろうと思ってコレを頼んでしまった自分の、間が悪かった。それだけだ。昔からいつもそうなのだ。
「あの」
「はいっ!」
 目の前にいるのはリフォームのお客様だった。日本画家の方で、今度、アトリエをリフォームするということで設計士の先輩からやってみないか、と紹介された。
 ――まだそこまで売れっ子ってわけでもないけど、いい絵を描くのよ。なんとなくあんたとの相性もよさそうだし。うち今、別件で手一杯だからあんたに譲るわ。
 独立したばかりだからどんな仕事も喉から手が出るほど欲しかった。
 先輩の紹介が効いたのか、一度会ってポートフォリオとだいたいの予算観を打ち合わせただけで正式に設計を請け負うことが決まった。
 今日は、初めてリフォーム案をプレゼンする。
「アイスが溶けちゃうから、全然、あの、飲んでくださいね」
 ごめんなさい、もっと早く言えばよかった。と、お客様は困ったように笑った。
「もうちょっとじっくり見たいので、飲んでてください」
「あ……じゃあお言葉に甘えて」
 そう言ってストローをくわえたけれど、思い直してマドラースプーンを手に取ってアイスをすくった。ちょうど溶けかけの一番好きな柔らかさになっている。
「どの案も素敵です」
 ぱくり、と一口食べたところだったので、間抜けにもスプーンを咥えたまま軽く会釈をする羽目になった。
「あっ、ごめんなさい、食べてって言ったのに邪魔して」
「いえ……あの、嬉しいです」
 スプーンを置いて改めて深々と頭を下げる。
「茄子川さんが言ってたんです。『あの子は空間とそこに居る人をちゃんと結びつけられる、そういう設計をする子だから』って。本当にその通りでした」
 先輩からの思いもよらなかった褒めに涙腺が緩みそうになるのをグッとこらえた。
「はぁ〜じっくり見て緊張した! あの、すごい美味しそうなんでそれと同じの頼んでもいいですか?」

 届いてすぐに、チャイティーフロートのアイスを、相手はスプーンでつついた。アイスから食べる人なんだな、と思っていると、スプーンをこちらに向けてくる。
「ここのアイス、固いときも美味しいので、それも是非食べてみてください」
 見ての通り、まだ口つけてませんから、と言って笑う。あ、じゃあ、とグラスを差し出したけれど一向に入れてくれる気配がない。相手はスプーンをこちらに差し出したまま、ニコニコと笑っている。
 え?
 ――ただね、まぁ大丈夫だとは思うんだけど、ちょっと、手が早いから気をつけなさい。いやほんとに。男だからとか女だからとか関係ないのよ。好きだと思ったら節操ないの。
 
 これは、つまり、そういうことですか? 先輩?

 ――あんた間が悪いんだから、気を抜いたら骨抜きにされちゃうよ。

 スプーンを差し出されたままのテーブルの下で、足首をつんつんされている。非常に困ったことに、それが全く、嫌じゃなかった。



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