ラム酒入りのチョコレート
「テンチョー、これ好き?」
咲子が差し出したのはラム酒入りのチョコレートだった。
「あ、もうこれが出る季節なんですね」
「食べたことないって言ったら、『美味しいんで!』って渡されちゃって。断りきれなかったの」
Bar しゃっくりの店主は咲子の手から板チョコよりも少し厚みのある赤いパッケージのチョコを受けとる。
「下戸だって知ってるのに渡してくるの、趣味悪くない?」
「でも、咲子さん甘いお酒はお好きだし、ドライフルーツとかも好きですよね。ちょっと待っててください」
そう言って店主は何やら下の戸棚から出してくる。何かを混ぜているようだが、カウンターにいる咲子からは見えなかった。カチャカチャ、トクトクという音がして、だんだんいい匂いが漂い始める。
咲子が下戸なのにこのBarが好きなのは、この音の反響が心地よいからというのも大きな理由だった。
「はい、ホットココアです。甘さは控えめにしてるので、ぜひこちらのチョコレートと一緒にどうぞ」
ココアのソーサーに載ったスプーンの上には先ほどのチョコレートが一口大にカットされ、盛り付けられている。
「……」
念入りにココアを冷ましてから、一口すする。確かに、ココア自体の甘さはほんのりとしかない。こっくりとしたミルクの甘みが広がったところから体の芯がじわじわと温められていく。
咲子はチョコレートをひと睨みしてから、ポイっと口に入れた。一口噛んだ途端、思っていたよりもみずみずしさが口に広がった。
「んーーーーーっ」
アルコール感がチョコレートの甘みと溶け合っていく。時折、干し葡萄の食感が歯に新しい。
飲み込んで、すぐにまたココアをすする。
「あーびっくりした。でもほんと、美味しい」
でしょ? と言うように店主は首を傾けてにっこり笑った。
「一回食べちゃうと、癖になるんですよね。もしかすると、癖になる感覚を共有したかったのかも」
咲子はチョコレートのパッケージを指でトントンと叩く。
「ねぇテンチョー、他にも、このチョコレートに合うカクテル作れる?」
「度数は低めですね。かしこまりました」
さすが! と言ったところで、ドアベルが鳴った。店主がいらっしゃいませを言う前に、常連が「寒い〜」と言いながら、咲子の二つ隣に座る。
「なんか、あったかいのちょうだい、マスター」
ここの店主の呼び方は人によってそれぞれある。咲子は、この店主を人がどう呼ぶのか、その呼び方を集めるのも好きだった。
「あの、良かったらこれもらいものなんですけど、チョコレート、どうですか?」
「あーでも俺、チョコは好きなんですけど、このお酒系苦手で」
「私もそうだったんです! でもホットココアと飲むの、すっごい美味しくて」
そうか、あんな風に押しつけられるようにチョコレートを渡されたのは、もしかしたら、こういうことだったのかもしれない。
美味しくて、びっくりする顔が見たいんだ。
了
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