ウイスキーグラスの中のコーン茶
(あ……ゆうべ、飲んだんだ)
朝のキッチンの光に照らされても、ウイスキーグラスだけは夜の気配を漂わせたまま、姿勢よくそこにいる。タンブラーの半分ぐらいの高さのグラスなのに姿勢よく見えるのはきっと、値段がお高いからだろう。下戸のお父さんがお母さんに贈った最後のプレゼント。
お母さんはときどき、お酒を飲む。お酒を飲むときは、一本だけ、煙草を吸う。
煙草を吸ったりお酒を飲んだりすることが悪いことだと思うほど子どもじゃない。でも、煙草を吸ったりお酒を飲んだりしない親のほうが、なんとなく苦労させていないような気がする。
志望校を決めるとき、本当は東京の私立に行きたい、とは言えなかった。先生にも、お母さんにも、誰にも。
私はウイスキーグラスに、ゆうべやかんで沸かしておいたコーン茶を少しだけ注ぐ。グラスの底にほんの少し残っているウイスキーとコーン茶が混ざっても、特に色は変わらなかった。
大人に近づくっていうのは、自分と似てる液体を飲み込んでいくことなのかもしれない。
そんなことを思いながら、それを一気に飲み干した。
電気ケトルに水を入れて、二人分のカップスープを作るためのお湯を沸かす。卵焼き器に少しの油と卵を三個割り入れて、かみ合わない円形の蓋をする。トースターに食パンを二枚放り込んでから、歯磨きをしにいく。
こんなのはどこにでもある、ありふれた朝の風景だと言い聞かせながら。
了
inspired 家族の風景/ハナレグミ
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