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#小説 記事まとめ

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2024年5月の記事一覧

【短編小説】春もどき

「相談したいことがある」  友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。  彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下していると、彼は 視線を蛹に向けたまま「何が出てくるか楽しみですね」と勝手に同意

【小説】散ることの無い桜をあなたに。 - 無色【現代ファンタジー】

- 序 - 桜は儚い。全く、春は恐ろしい季節です。 - 本篇 - 「なぁ、春原」 「なんですか先輩」 「桜はなぜすぐに散ってしまうんだと思う?」  客と待ち合わせをしている店へ向かっている車内で、新人社員の春原(すのはら)は先輩の菜花(なばな)にそう問いかけられた。  春原は窓の外の、車が過ぎ去るだけのつまらない景色を眺めながら、そんなことわかるわけが無いだろうと内心舌打ちをしていた。  春原にとって自分の教育係になった菜花は不思議な人間だった。どうも理解できないと言う

【ショートショート】ちょっと未来 (2,998文字)

 道玄坂を歩いていたら、Y2Kファッションに身を包んだ男の子が挙動不審にキョロキョロしていた。赤いプーマのジャケットに迷彩柄の極太カーゴパンツを合わせ、靴はモノトーンのコンバース、首にはヘッドフォンをかけていた。  懐かしいなぁと眺めていたら、うっかり目と目が合ってしまって、 「すみません。ちょっといいですか」  と、声をかけられた。 「え。なんですか」 「いまって西暦何年ですか?」  思わず、立ち止まり、目をパチパチさせてしまった。それはあまりに過去からやってき

【1分小説】僕らだけが知っている

僕には最高の相棒がいる。 隣のクラスのセイジくんだ。 僕とセイジくんは、小学2年生の頃に 学習塾で出会った。 初めて会った時は、 いけすかない奴だなって思ってたけど、 好きなことが同じですぐに仲良くなった。 セイジくんも、僕と同じで 暗号を作るのが好きだった。 普段、塾や学校で セイジくんと直接話すことはないけど 出会ってから4年間ずっと暗号だけで会話をし続けた。 例えば、リコーダーでモールス信号を 奏でて「昨日の夕食なんだった?」と 他愛もないやりとりを毎日した

【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第36話

第36話 雪白山  深い緑。日は傾き始め、通常の旅人なら、そろそろねぐらとなるような場所を探し始めるか、または日暮れまでに山を抜けようと足を速めるかのどちらかだっただろう。  しかし、彼らは通常の旅人ではなかった。 「ここで広げよう」  魔法使いレイオルは、饅頭の箱の包みを開けるよう皆に指示した。 「えっ、全箱開けるの!?」  小鬼のレイが思わず聞き返す。 「ああ。それから、魔法で饅頭の匂いを広める。術のかけられた饅頭の匂いに、饅頭子は誘われて出てくるに違いない」

【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

生ぬるい雨がフロントガラスにぶつかって落ちる。壊れたカーエアコンは溜息のような風しか吐かない。 俺は雇われの身だ。職業は探偵、個人営業主ではない。所謂、サラリーマンだ。会社には申請していないが、俺には霊が視え、時には会話する、所謂、霊能探偵ってやつだ。 春とも冬とも言えない湿気に満ちながら、若干の肌寒さを残した中途半端な季節の夜10時、俺は車を運転していた。黒いデカい車を。こんな居心地の悪い夜くらいは仕事を忘れてドライブをしたかった。 「ラジオを消してくれませんか」 助手

[小説]テスト・フォー・エコー 第七話

「あの喫茶店だ」  唐突に部屋に響いたその言葉を発したのがおれであることに、少し遅れて気が付いた。あの喫茶店。そう。横山とよく行ったあの店だ。茅ヶ崎時夫と田神修一が同一人物ではないということを知っているのはいまや横山だけだ。横山が鍵なのは間違いない。なんとしても彼に会わなければならない。可能性があるとすればあの店だけだ。おれはふらつきながら身支度を整えて家を出た。ヘッドホンもしていないのに頭の中には目覚ましのあの曲が鳴り続けている。めまいのする映像だ。誰かおれの声を聞いてい

【小説】使い道を知らなくて

 いかに仲睦まじい夫婦でも、生まれ育った環境が違うのだから、意見がたびたび対立するのは当然のことだ。例えば子育てに関して――  実家が自営業の咲良は、子供が小学校低学年のうちから、小遣いを与えてお金の管理を覚えさせるべきだと考える。  一方で、母親がなにかと過干渉だった僕は、中学にあがるまでお年玉も回収されていたから、まだ小学三年になったばかりの奏哉には、必要な物を買い与えればいいと考える。 「親の言うことばかり素直に聞いてると、なにも自分で決められない大人になっちゃう。り

【小説】満腹の親しみを込めて

忙しい商社マンで独り暮らしの斉木は、夕飯を大抵外食で済ませる。男が独りで入っても違和感がないラーメン屋だとか定食屋が多いのだが、タウン誌でクーポンを探していた時に気になる店があった。「一樹一河の一皿に出逢うレストラン」という一風変わった店名に、独り暮らしの寂しさも相まって目を留めたのだ。そのフレンチレストランは、名前の通り何から何まで常識を覆す店だったが、その裏には本物のフレンチを究めようとする思いがあった。 1 赤坂の高級レストランで、今夜も取引先の接待をするために早めの

プールサイド(短編小説)

初夏の深夜、散った春の花々とかつての冬に落ちた枯葉の積もった五十メートルプールのサイドに僕は立っている。梅雨明けの掃除を待つプールは虫たちの棲家になっていて腐った匂いがする。一ヶ月もすれば子供たちが虫を取り、二ヶ月もすればその観察も忘れて嬌声と飛沫が上がる。街灯もクラクションも酷く遠く感じる。 僕は去年の夏の始まりから一ヶ月も生きられなかった夏祭りの金魚の死体を、この頃気温が上がったせいか水槽を密封していても部屋に匂いがするようになったので、捨てに来ている。君の名前を付けた夏

パンケーキに塩を振る(小説)

「山ちゃんは甘党だね」  大学の食堂でショコラパンを食べていた俺に、同じ文学部の宮田エミがニヤケながら言った。 「まあ、甘いのは必須だな。なんというか、アイデンティティなんだろうな 」 「甘いものが?」 「そう。男にしては珍しいだろうけど」    俺の陣地にはショコラパンだけではなく、加糖の缶コーヒーも置かれている。『甘い』を掛け算しているようで、客観的には病気にならないか心配されるレベルだが、山ちゃんは甘党だから仕方がない。 「でも、私のラーメン好きも珍しいよ」 「た

小説: ペトリコールの共鳴 ⑤

←前半                  後半→ 第五話 僕は人と話がしたかった  飼い主のタツジュンが外食に連れて行ってくれる。    リュックサックのポケットに入れてもらえたハムスターの僕は、地下鉄から電車に乗り換え揺られている。  ビルが目立つ景色から、今は一軒家や駐車場や畑が目を流れてゆく。    タツジュンはリュックを窓に沿わせ枕代わりに眠り、僕はメッシュのポケットから生の緑を追っている。  僕は人間の言葉を理解し話せるハムスター。 亡くなった遥香の生まれ変わ

短編小説 「昼下がりの君へ」

コトッ、昼食のタンパクサンドを食べ終え、庭でくつろいでいると、芝生に金属製の球体カプセルが降ってきた。見上げるといつもの赤い空が見え、飽きもせず太陽が輝いていた。僕が産まれる前は空は青かったらしい、とはいえ、金属が落ちてくるのは珍しいことだった。 こういう時は、ダンの出番だ。ダンは僕の友達、そして、僕の家族。ダンは家の二階全フロアを自分の部屋として使っていた。僕の部屋は一階のこの庭に出入りしやすいダイニングだった。狭くはない、絵を描ける32インチのテーブルが置けているから。

小説 お化け屋敷で迷子

 お化け屋敷で迷子になって仕方なくそこで暮らしていた。 「困ってるの?」ってお化けが聞いてくれる。うん。困ってるんだ。出口がわかんなくなっちゃって。でもいまさら別に出なくたっていいかな、という気もしているよ。 「どうして?」   外へ出ても、だれもわたしのことを必要とはしていないしね。わたしがいなくても仕事は進むし、そりゃ困ることは困るだろうけど、でもすっごく困るってほどじゃない。だれかがわたしのポジションに収まって、それでおしまいさ。 「ふうん。きみはお化けみたいな