【9】 私は「被害者」となった。「加害者」は、いったい誰なのか
「体質の遺伝」を証明するかのように、しっかり乳がんになった私。
母だけでなく、祖母も乳がん経験者なのです。
だから私も乳がんになる運命だった。
仕方ない。なにしろ「遺伝の力」だから。
「遺伝によって、決められていた」と思うと、「どうして私が、こんな目に遭わなければならないのだ」という思いが溢れてきました。ガンが「2人に1人はなる時代」と言っても、40代で罹患する人など、わずか数%に過ぎません。
世間を見渡しても、私よりずっといい加減な生活をしているような人だって、至って健康そうです。
入院用のパジャマを買いに街を歩いていると、誰も彼もが健康そうで幸せそうに見え、私ひとりだけがこの世界から弾かれ、異空間に放たれているような気分になりました。
どうにか気を取り直そうと、大好きな回転寿司屋に一人で入るも、ここでもまたカラダが固まってしまいます。
米を食べるのが怖いのです。
米に砂糖が入った「シャリ」なんか食べたら、ガン細胞が喜んで増殖する……。糖質の低そうな「たまご」を食べようにも、寿司屋のたまごは砂糖が入った甘いだし巻き卵です。ガリだって、砂糖がたっぷり入っています。
(……何を食べたらいいの……)
味噌汁と、刺身の乗ったサラダと、にぎり二個。
元気いっぱいの店員さんたちの声を体に浴びながら、ほとんど味がしない食事をして、数百円の会計を終えました。
好きなものを、好きなときに食べる。
そういうことも、もうできなくなるのかな……パスタも、ピザも? そういえば、焼肉だって、焼いた肉の焦げに発がん性物質ができるんだっけ……じゃあ、もう外食とかできなくなるのかな……。そういえば、ジャガイモやニンジンなんかの糖質の高い野菜を炒めると、発がん性物質が作られるってニュースでやってたな……え、じゃあカレーとか肉じゃがも作れなくなるってこと?
とてつもない絶望が押し寄せてきて、立ち止まってコンタクトレンズのずれを直すフリをしながら、道の端に行って泣きました。
(どうしてこんなことになっちゃってるの……)
涙はなかなか止まりませんでした。
親の体質をしっかり受け継いで、まんまと40代でガンを発症。逃れられない運命だったにしても、ひどいハズレくじを引いた気分で、敗北感のようなものが体中を充満していました。
いったい、私が何をしたというんだ!
こんな目に私を遭わせたのは誰だよ!
こんな風にして、私は「被害者」となっていきました。
加害者は誰だろうか?
「母」だろうか? と考えるとそれは違う。
母は祖母からの遺伝を受け継ぎ生まれたのであり、祖母もまた曾祖母から生まれたのであり……言ってみれば、「どうしようもないこと」です。
偶然の、たまたまの出来事。
ではその偶然を作り出したのは、「神様」なのか?
神様の意志が働いて、それがたまたま私に降りかかったのか?
いたずらに、人間を混乱と悲しみに陥れる地震や災害、不運な事故、病気……。
こっちは、あんたの遊びにつきあってる暇はねぇんだよ!
……なんなの、もう……。
ふざけんなよ、ほんとに……。
私は、「自分がガンである」という現実を受け止めきれぬまま、睡眠薬で夢の中へと逃げました。そして朝、目が覚めて、一秒後には、自分がガンであることを思い出し、再びうんざりする。起きているのが辛くて、もう一錠薬を飲んで、また無理やり眠る。
(このまま目が覚めなくていいのに……)
死ぬのを怖がっているのに、二度と目覚めたくない。そんなことを思うのでした。
母の闘病に付き添うなかで不眠になり、睡眠薬を服用していた私でしたが、ここにきて、それは現実逃避の薬へと変わってしまいました。
40歳になったときに
「あと人生半分以上もあるのかぁ……長いなあ」と
確かに感じたあの気持ち。ブーメランになって、帰ってきました。
つづきはこちら⤵