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【21】 母娘で通っていた病院でクラスター発生。恐怖の通院が始まった

2020年3月の上旬、WHOが新型コロナをパンデミックと認定。

気づけば街中の人がマスクをつけ始めていました。闘病中の私は、病人としての自分のマスク姿が、街の人のマスク姿によってカムフラージュされるような、不思議な気持ちを味わいました。

なにやら世界が急速に変化しているなか、母の四度目の抗がん剤治療が待ち受けていました。ついに、食道がんの標準治療の最終段階まできたのです。
 
入院中、母が久しぶりにシャワーを浴びた日がありました。

私は素足になり膝までズボンをまくりあげ、母を手伝います。背中をタオルでこすると、垢がボロボロボロボロ、おもしろいほどに出てきます。二人で「すごいね~!」と言い合いながら、30分間の持ち時間ギリギリまで垢をこそげ落としました。

お風呂あがりですっきりした様子の母が、カラダを拭きながら私に言ってきました。

「こんなこと、やっぱり男の人にはさせられないじゃない?」

出た。
余計な一言(笑)

「……カラダは見せられないかもしれないけど、男の人だって、手伝えることは他に山ほどあるよ」

そう反論しながら、私はイライラしました。
お風呂に入って「気持ちよかった」。
それで終わりでいいじゃないか。

女だ、男だ、言うのなら、そもそも一人で風呂に入ってよ……。
心の中で悪態をつく私でした。

どうして女である娘の私だけが、こんなことをしなくてはならないのか?
私たち家族には、兄や父だっているのに。

……いや、嫌ならやらなきゃいいだけ。
誰も強制していない。

せずにはいられないから、私が勝手にやっているだけのこと。

またもや二つの考えのどちらもが、私のなかで、ファイティングポーズをとります。


「ねえ、みて。鶏の皮みたい。ふふふ」

母がしわしわになった自分の手の甲をひっぱって笑います。
母は自分の姿が弱弱しくなっても、どこか明るさを保っている人でした。

あらためて母の身体を見ると、手足が細くなり、あちこち骨ばっています。水分も脂肪も失ったカラダは、自然と「死」を連想させました。

(痩せたなあ……今、もし転んだりしたら、絶対に骨折するな……)

47~48㎏ほどあった母の体重は、40㎏ギリギリのところまできていました。

「なんとか40㎏はキープしようね」

抗がん剤が始まってから、母の体重をなんとか減らさないようにしたかった私は、計4クールの抗がん剤中、味覚を奪われてしまった母でも、どうにか食べられるものはないかと、あれこれ買ってきては試してもらいました。


次第に、しっかり濃い味のカップ麺(赤いキツネ)と、コンビニの太巻き(すっぱい酢飯)、餃子(お酢と醤油をたっぷりつけて)が、食が進むと分かってきましたので、病院食はそこそこに、それらを買ってきては母に渡していました。

普段は食べないカップ麺の汁を、母はおいしそうに全部飲み干していました



食欲がない中でも、母が頑張って食べてくれると、こちらは嬉しくなります。

そう思う一方で、食べたくないときには、無理に食べなくたっていいはずだという、心の声も聞こえてきます。

食べて欲しい!!
いや、無理に食べなくたって、いいんだ。
それがカラダの「自然」なんだから。

私の脳みそは、いつも折り合いが悪く、騒がしいのでした。

 
3月の半ばになり、母はついにすべての治療過程を終え、退院していきました。

(よっしゃー!! とりあえず、母の治療は終わったぞ……!)

心配ごとがひとつ減って、一安心していたときのことです。


テレビで、私たち母娘が通っている病院で「クラスター発生」との報道が流れました。母の退院から数日も経っていません。ギョッとして、画面にかじりつきました。

「えっ……クラスターって……じゃあ、母の入院中って、もうコロナの感染者が院内に発生していたってこと?」
新たな恐怖とともに、母の主治医に「コロナの不安」を訴えたときの、のんきな回答を思い出しました。
後日、研修医たちが大人数で打ち上げパーティーを開催していたことが発覚。酔っぱらって悪乗りした挙句の、男性同士のキス写真も流出しました。

(……なんなの……どうなってるんだ……)

若い時というのは、誰しも皆、至らないものです。
でも、それにしたって、こういうメンタリティーの人たちが、これから医者になるの……? この人たちに、私たちは診てもらうの?
どうやって信頼しろというのだ。
怒りと失望で、暗澹たる気持ちになりました。

3月の下旬から4月の上旬にかけて、病院の感染者は増え続け、ホームページ上には、日時で現在の対策と状況が記されるようになりました。

幸い、母は数日経っても、体に変調は現れず。
お互いに、院内クラスターからは逃れられたようでした。

母の治療は、終わった!

あとは、私だ!

次の抗がん剤の日程が迫っていました。
ただでさえ行きたくない病院。
でも、行くしかない……。
生きたくない……。
でも、行くしかない……。
でも……。

ふたりの私が、脳みその中で、ケンカをしていました。
一人で、ケンカばっかり。
これを、「独り相撲」と言うのです。
いつまで、私は、私と、ケンカをするのでしょう?


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