見出し画像

【11】 同部屋の患者たち。この世界には、病気の人が山ほどいました

入院日当日、病室に通され、私が荷物を備え付けの棚などに入れ整理していると、隣のベッドの女性が「コンコン」と口で発声(カーテンで仕切られており、叩く壁がないから)して、私に話しかけてきました。

少し年上の、50歳の女性です。
挨拶をしあってから、しばらく互いの病気談義が続きました。卵巣がんであるその女性は、数か月前に、卵巣をとり横隔膜もとるという大変な手術をしたばかり。今回は、何度目かの抗がん剤で入院中とのことでした。

スマホの画像も見せてくれました。
手術直後の様子をご家族が撮影したのでしょうか、ベッドで苦しそうに顔を歪める写真や、前かがみになってお腹のあたりを押さえながら、必死の姿で廊下を歩く練習をしている写真。

「うわあ……」

目の前の明るくはきはきとした彼女とは異なる、苦悶に満ちた姿がありました。

私は食い入るように、その写真を見つめました。手術の箇所は違えど、私も数日後にはこんな想いをするのだろうか。

「でもねー。これが、なんともなくなるんだよねー。ごっそり臓器をとったのにねー! ハハハ」
「……そうなんですか。痛みは、今はないんですか?」
「うん、ほとんどねー。それよりも、ぽっこり出ていたお腹がへっこんで、ちょっと嬉しいの」
 女性があっけらかんと笑います。
「そうですか。私は手術も怖いし……その後の抗がん剤も怖いです……髪も抜けるし」
素直な思いを言葉にすると、ニット帽を被っていた女性が、「ほらっ」と言って、スポッとニット帽をとり、つるっぱげの頭を私に見せてきました。

「きれい……」

私は、思わず口にしていました。
もともときれいな人なのですが、その潔さ、そのたくましさに、感動していたのだと思います。


女性は髪の毛がどんな感じで抜けてゆくのか、抜ける期間中に使うと便利なグッズ、使い心地のよい石鹸などを、つるっとした頭を見せたまま、私に教えてくれます。自分の状況を受け入れ切った、強くたくましい姿に、私は魅せられていました。


「進行がんだよ」とつぶやく彼女が、「娘の結婚までは生きるぞ」と、まだ認可されていない治験に参加すること。自分が死んだ後に必要な書類を、家の階段にひとつずつ貼っているのに、子供たちが本気になって見てくれないと笑うこと。
「乳がんは、治療法がいろいろあるみたいじゃん。卵巣がんなんて、研究が追いついてないんだよ」
私を励まそうと、女性が次々言葉を掛けてきます。

「抗がん剤が始まる前に、時間があったら温泉でも旅行でも行って来たらいいよ」
「……ですね」
と応えながらも、私の性質上、とてもじゃありませんが、そんな気分になれない。あいまいに笑うことしかできませんでした。
 

また別のベッドには、まだ20代の女性が入院していました。
聞いたこともない、大腸の病気を抱えており、近い将来、大腸を全摘出して人口肛門になるだろうことを淡々と話します。

中学生のころから、何度も入院を経験しており、もう入院は慣れっこだという彼女は、達観した様子で今の状況を受け入れているのでした。

街を歩いているとき、「どうして私だけが病気になるの」と泣いた私。
この部屋には、当たり前のように、重たい病気を抱えた人が年齢を問わず存在するのでした。

本当は、分かっていました。
街を元気そうに歩いている人たちの中にも、深刻な問題を抱え、お先真っ暗な気持ちのまま、途方に暮れている人がいるであろうことを。

大切な人を亡くしたばかりの人や、誰かにいじめられている人、信頼していた人に裏切られた人、人から「必要ない」と言われた人、生きていることに疲れた人。
みんな、それぞれの悲しみや苦しみを抱えて、ここに生きている。

しかしはげしい視野狭窄に陥っている私は、今このとき「世界で一番不幸な私」であることは変わりません。
いつまでも、くよくよと悪いことばかりを考え続けました。

つづきはこちら⤵


いいなと思ったら応援しよう!

アサ💮自分に「いいね」ができるようになろう
サポートくださる方、いつもありがとうございます。受け取り下手の私ゆえ、チップをお渡しくださる際、なんでもいいのでコメント欄に「あなたのリクエスト」を書いてくださると嬉しいです。例えば「自分の〇月〇日の記事を読んで、いいところを書いて」「今度、〇〇に関する記事を書いてくれ」など^^