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『夏を知らない子供たち 山本和音作品集』 : 時に〈良き趣味〉はブレーキにもなる。

書評:『夏を知らない子供たち 山本和音作品集』(ハルタコミックス・KADOKAWA)

表紙カバーイラストのセンスの良さに惹かれて買ってみた、初めて読むマンガ家の作品集である。
Amazonの本書サイトの紹介文には、次のようにある。

『ポップな絵柄とセリフ回しの妙、内に秘めたテーマ性。
新しき才能、山本和音が描いてきた、ショートショートから中編までの作品群を収録。』

結論から言えば、この「長所」が、そのまま「弱点」ともなっている。

つまり、『ポップな絵柄とセリフ回しの妙』というのは、要は「マンガくさくない、洗練されたセンス」ということだが、その分、マンガとしては「弱い」とも言える。『内に秘めたテーマ性』というのも同様で、ユーモアの衣を着せた、意図的な「ズラし」によって、ベタにならないようにしているため(力を抑制しているため)に、「都会的で大人な表現」にはなっているものの、やはり、どこか「弱い=線が細い」。
端的に言えば、「突き抜けたところがなく、圧倒的なものがないために、読んだらすぐに忘れてしまう」ような「センスの良い」作品。一昔前の表現で言えば「ちょっとオシャレに洗練されている作品=汗くささのない(香水の漂う)作品」だと言えるだろう。だから「弱い」のだ。

本書には、

「太陽からの手紙」「夏を知らない子供たち」「まどか田園へ行く」「100ドルは安すぎる」「怪獣警報」「銀河鉄道の女」「コーディネートレンジャー」「中学生はよく食べる」「雨は止んだか」「ナイトゲーム」「恋と夜をかけろ」

の短編から掌編、11篇が収められているが、最後の2作「ナイトゲーム」と「恋と夜をかけろ」は、前記のような「弱さ」を避け得ており、かなり良い。

つまり作者は、描こうと思えば「熱い」作品も描けるのだが、それが「ベタ」になってしまうような表現には、照れや抵抗がある人なのだろう。
それは作品からも分かるとおり、作者が「(活字)本読み」で「SF者」だからなのではないか。だからこそ、「テーマ=訴えたいこと」を、ストレートに表現することに恥ずかしさをおぼえてしまうその結果、どうしても『内に秘めたテーマ性』ということになってしまう。

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だが、時代を画するような傑作というのは、いつの時代でも「なりふりかまわず全力を出し切ったところに、たまさか訪れる恩寵」を賜った作品なのではないだろうか。
「大声で叫ぶような、表現は恥ずかしいよ」などという、へんな余裕など振り捨てたギリギリの表現こそが、人の心を打ち、時代を揺るがすのではないか。

無論、それでも「ベタは嫌だ」という作者の「趣味・性向」は否定できるものではないから、それを否定するつもりはない。
しかし、作者の「センスの良さ」が本物であれば、どんな逆境にあっても、それは自然と出てしまうものなのだから、心配は無用だと言っておきたい。

「個性」とは殊更に「発揮する」ものではなく、嫌でも付きまとうものなのである。一一それが本物であるならば。

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初出:2021年9月19日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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