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小説一覧

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#小説

【小説】冷やし中華が始まりません

【小説】冷やし中華が始まりません

「今日もノーゲスか」

 空っぽの客席を見て、恭英はため息をつく。

 季節は夏だというのに、冷房の効きすぎた空間はひんやりとして肌寒い。

 店を始めて、はや四か月。早々は、ご祝儀的な賑わいを見せたが、それも落ち着き、客足はまばらになった。

 恭英は動いていないくせに疲れた身体を動かして、店を閉める準備を始める。

 名古屋市新栄。名古屋有数の繁華街である栄の東に位置するこの場所は、ファッショ

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【小説】さめたてほやほや

【小説】さめたてほやほや

 ううう。

 頭が痛い。

 身体も軋んで思うように動かない。

 なんとか重い目を開くと、視界に入ってきたのは真っ白な世界。

 これは…まさか…

 キタコレえええええええ!!!

 気づいたら知らないところにいたなんて、異世界転生しかないだろう!!!私も流行りに乗ったのだ!

 両手で自身の体中を弄ってみるが、触った感じ、特に変化は感じられない。掌を見てみると、私の手相の特徴であるますかけ

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【小説】会議を開きます

【小説】会議を開きます

「会議を開きます!」

 ある日の夕食のあと。高らかに宣言した彼を、私はダルそうに見つめる。目で「また始まった」という感想を伝えようとするが、嬉しそうにノートパソコンを立ち上げている。

 食器を洗い終え、軽く拭いただけのまだ濡れた手のまま操作を始める。感電したら懲りるのだろうか。

「なにしてるの?」

「議事録、会議だから」

「あ?」

 思わず、声を荒げてしまった。

「言った言わないにな

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【小説】魔女と間男と私

【小説】魔女と間男と私

「気にくわないねえ」

 そう言って、魔女は持っていたステッキを振り下ろす。

 それ以来、私は愛する人と結ばれることはなくなった。

 はじめは私が好意を寄せた人に愛されないだけだと思っていた。良い関係になり、告白をしても振られてしまう。それが何度も重なってようやく、私は魔女の呪いだと気づいた。

 それならば。私は私に好意を寄せる人と付き合うようになった。しかし、付き合ううちに私の気持ちが大き

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【小説】(タイトル未定)

【小説】(タイトル未定)

 今思うと、それすらも夢だったのではないか、と思うような、不思議な体験をした。

 気付いたら夕方で、いっしょに遊んでいた友達と慌ててランドセルを背負って帰路に就く、そんな小学生の頃の帰り道。いつも通りの通学路を歩いていたはずなのに、いつの間にか、知らない古いビルの前にいた。

 ―こんなところにビルなんてあっただろうか。

 壁はところどころに剥がれ落ち、掠れた文字でかろうじて読めるのはシネマの

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【小説】傘も差さずにハローグッバイ

【小説】傘も差さずにハローグッバイ

―チリンチリン。

 入口のドアが開く。

「いらっしゃいませ。」

 私はコーヒーを淹れる手を止め、来訪者へ笑顔で声をかける。

「お好きな席へどうぞ。」

 入ってきた男は一目散に窓際の席へと足を運び、腰をおろした。

 時刻は午後3時。雨天のくせに忙しかったランチタイムを終え、店は閑散として、広い席はたくさん空いているのに、わざわざこの店で一番狭い、窓向き横並びの二人席を選んだ。待ち合わせ、

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【小説】2次元なんて救えない

【小説】2次元なんて救えない

❤️

 私の大切な人は世界を救った。

 私は過疎化の進んだ辺境の村で生まれた。村に住む全員が顔見知りであり、みんながみんな親兄弟のような、家族同然の関係で過ごしてきた。

 同じ年頃のこどもは私ともう一人、隣りの家の男の子トーマだけだった。

 十五のある日、私とトーマは冬支度に町へ買出しに出かけた。
 
 そこで彼は、地面につき立った聖剣を引き抜いてしまい、勇者に認定された。

 あっけに取

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【小説】にじんでみえない

【小説】にじんでみえない

 チュンチュンチュン。

 デッデーポッポー。

 ううう、頭が痛い。

 飲みすぎたか…。

 体も痛い。

 変な寝方したな、こりゃ。

 うつぶせのまま酔いつぶれていた身体をなんとかひっくり返し、目ヤニで頑丈に閉じられた目をムリヤリこじ開ける。

 見慣れた天井。

 見慣れた景色。

 ちゃんと家には帰ってきたらしい。

 我ながら、酔っぱらったときのオートモードは優秀すぎて怖い。どれだけ

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【小説】ヒコウショウジョ

【小説】ヒコウショウジョ

「飛べるよ、君にも」

その日、彼女は屋上から飛んだ。

文字通り、“飛んだ”のだ。

 長い金髪に不健康そうなメイク、マキシ丈まであるロングスカートのセーラー服、昭和のヤンキーを思わせるその姿は、公立の進学校では目立つ存在で、一度も話したことのない僕でも知っている。

 しかし、だ。

 彼女は決して、不良なわけではない。

 レイラ・フィリップス。それが彼女の名前である。

 その金髪も、父親

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【小説】僕はそれを口にする

【小説】僕はそれを口にする

 桜が散った新年度。入学式やら新生活の慌ただしい空気が落ち着き、ゴールデンウィークを迎えるまでの週末の土曜日、僕は山登りにきた。

 大きな川沿いに位置するこの山、標高は313メートルで、登り方はいくつかはあるが短いルートだと4〜50分ほどで登りきることができるので、初心者にもやさしい。

 毎年、正月には初日の出を望みに多くの人が山頂に集うが、それ以外は比較的、静かな山だ。近年の登山ブームもあり

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【小説】誤読のグルメ

【小説】誤読のグルメ

「はい、茶屋ヶ坂です。あ、今、到着しました。駐車場に車を止めたところです。はい、すぐにお伺い致しますので」

 電話を切り、車を降りる。

 名古屋市千種区今池。

 何年ぶりだろう。昔、まだ学生の頃、このあたりに住んでいた。近くにはいくつも大学もあり、貧乏学生に優しい、安くて古めかしい飲食店が多く立ち並ぶ、昔ながらの繁華街だ。そのぶん、治安は決して良いとは言えなかったのが玉に瑕。

 だが、近年

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【小説】御祝い申し上げます

【小説】御祝い申し上げます

 その日、私ははじめての個展をむかえていた。

 芸術大学を卒業後、イラストレーターとして働きながら、コツコツ作品づくりに勤しみ、一年前に独立。フリーランスの絵描きとしていろんなものを描いてきた。

 描きたいものだけ描けるわけではない。それでも、自らの個性を、想いを乗せて、すべての仕事に全力を注いできた、つもりである。

 そして、今日。

 オープンから数時間経つが、ギャラリーはまだまだ賑わっ

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【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

 私は、全国読書感想文コンクールの審査員を長年勤めている者なのですが。少し、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?

 その、なんといいますか、今年応募のあった感想文のなかで、ひとつ、判断に困るものがあるのです。これは、感想文なのか、と。

 その感想文はこんな書き出しで始まります。



むかーし、むかし。あるところにおとうさんとおかあさんとぼくがいました。

おとうさんは会社へ仕事に、

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【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

【小説】忌憚のない奇譚~絵空事篇~

 あるところに、“下手の横好き”という言葉が似合う、絵を描くことが大好きな女の子がいました。幼いころからところかまわず落書きをしては、母親に怒鳴られます。

「またこんなところに落書きして!いいかげんにしなさい!」

 それでも懲りずに絵を書き続けますが、絵がうまくなることはありませんでした。

 そんな女の子も成長して、中学3年生になり、高校受験が迫っていました。しかし、女の子は勉強するどころか

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