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【小説】読書感想文の審査員を務めているのですが

 私は、全国読書感想文コンクールの審査員を長年勤めている者なのですが。少し、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか?

 その、なんといいますか、今年応募のあった感想文のなかで、ひとつ、判断に困るものがあるのです。これは、感想文なのか、と。

 その感想文はこんな書き出しで始まります。



むかーし、むかし。あるところにおとうさんとおかあさんとぼくがいました。

おとうさんは会社へ仕事に、おかあさんも会社へ仕事に、ぼくは学校に通っています。

今年の読書感想文は、桃太郎にしようと思って図書館に本を借りにいきました。

けど、桃太郎は貸し出されていて、ありませんでした。
なので、おとうさんとおかあさんに桃太郎ってどんなお話って聞きました。



 読書感想文といえば、本のあらすじを最初に書くことがセオリーとなっていますが、まさか、本を読むまでのあらすじを書く子などいませんし、この書き出しだと、読書をする気配がありません。聞いた話の感想文を認めてもよいものなのか、一抹の不安を感じました。しかし、これはまだ序の口だったのです。



おとうさんは、ぼくのすんでいるところのとなりの市、犬山には、桃太郎が神様の神社があると教えてくれました。

桃太郎は犬山でうまれて、ここから鬼退治に旅立ったのだそうです。
ぼくは桃太郎神社に行ってみたいと思い、おとうさんにお願いすると、次の休みに連れて行ってくれることになりました。



 ここまで、まだ読書をしていませんので、読書感想文としては0点です。

 確かに、愛知県犬山市には、桃太郎伝説があります。

 犬山城から3kmほど東、木曽川のほとりに、栗栖という地域があります。その山里におじいさんとおばあさんが住んでおり、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川に洗濯をしに行ったのは、このあたりの人の日常とも一致します。

 また、川上には大桃という地名もあり、桃の木がたくさん植わっていたそうです。

 そこから落っこちた桃をおばあさんが拾ったのでしょうか。

 持ち帰った桃から桃太郎が生まれ、大事に育てられます。

 桃太郎が育ったある日、おじいさんの柴刈りの手伝いをしていた桃太郎は、山で子どもを抱えた女性が泣いているのを見つけ、話しかけます。

 女性は山向こう、今の岐阜県可児市にある土田村の百姓で、可児川の中洲にある鬼が島に住む鬼たちが村の子どもをさらっていくため、逃げてきたのだと言います。

 それを聞いた桃太郎が、鬼退治を決心し、旅にでる、というのが犬山の桃太郎伝説のあらすじです。

 私、気になって調べてしまいました。

 感想文はというと、次の休みの日へと話を移します。



おとうさんが休みの日。ぼくは桃太郎神社へ行く前に、げんこつ飴をおねだりしました。ぼくは犬山の名物のげんこつ飴が好きです。

犬山城の城下町で飴を買ってもらい、桃太郎神社へたどり着きました。
桃太郎神社には鬼や、桃太郎や、犬、猿、雉の像がたくさんありました。すこし恐かったです。



 感想文を読み進めることよりも、桃太郎伝説が気になって仕方がない私は審査員失格でしょうか?でも、この子はまだ読書の感想など一文字も綴っていないのです。ここはお互い様だとして。

 鬼退治に出た桃太郎。犬の仲間にしたのが犬山。木曽川の周辺の猿洞、猿渡という地名があるのですが、そこで猿、雉ヶ棚という山で雉を仲間にし、木曽川を渡り、対岸から鬼が島へ向かいます。

 今の岐阜県坂祝町で、鬼との第一次攻防戦が行われます。その取り組みが行われた場所を取組、勝って勝鬨をあげた山を勝鬨山と、今でも呼んでいます。

 そのあと、今渡、という地名の場所から木曽川を渡り、可児市の土田村を越え、鬼が島へ。見事退治を果たし、帰路につき、途中で勝利を祝った場所だから、祝った坂と書いて坂祝といい、酒倉があった場所は今でも坂倉という地名です。また、桃太郎の故郷、栗栖の村の向かいに、持ち帰った宝を積んだ場所に、宝を積んだ寺と書いて、宝積寺という寺が建てられました。

 そして、帰った桃太郎がなくなったあと、栗栖の山が桃のような形に見えたことから、その山を桃山と呼び、山を神様として祀ったのが桃太郎神社なのだとか。めでたしめでたし。…ではなくて。つい、夢中になってしまいましたが、犬山の桃太郎伝説はこのようなものだそうです。

 それよりも、感想文のほうはここからおかしな展開を迎えます。



神社でお参りをしていたら、いつの間にか、おとうさんはいなくなってしまいました。

おとうさんをさがして、境内をさまよっていると、犬と猿と雉の像が突然光だし、動き出したのです。

ぼくはとっさにげんこつ飴を投げつけました。すると、犬と猿と雉がなついてきました。びっくりしたけど、よく見たらかわいくも見えてきます。

よしよししたあと、おとうさんをさがしに歩きまわるのだけど、3匹ともついてきます。仕方なくいっしょにおとうさんをさがします。

そうこうしていると、お腹がすいてきました。神社の向かいにはご飯屋さんがありますが、ぼくはお金を持っていないので食べられません。仕方なく、川べりに降りていくと、バーベキューをしている人たちがいました。

それをながめていると、ぼくもバーベキューに誘ってくれました。犬と猿と雉も喜んでいます。お腹いっぱいに食べると、次はみんな。カヌーで遊ぶことになりました。

ぼくも乗せてもらって、向こう岸を目指します。途中、お腹が痛くなったぼくは、岸にたどり着いた途端、トイレを目指し、一目散に走りました。
なんとか、漏らさずにすんだのですが、必死に走ったのでここがどこだかわかりません。でも、犬と猿と雉が、道を先導してくれたので、ぼくはそれについて行きました。

しばらく歩くと、そこには鬼たちがたくさんいて、大声を出して追いかけてきます。桃太郎と違って、ぼくは弱いので、必死に逃げました。犬や猿や雉が逃げるのを助けてきました。

日が傾きかけた頃、ぼくはお父さんの車でよく渡る橋にたどり着きました。仕方ないので、歩いて家に帰ることにしました。

この川は、日本ラインと呼ばれています。意味はよくわかりませんが、駅の名前にもあるので、有名なのだと思います。

橋の真ん中で夕方のサイレンが聞こえてきました。夕焼け小焼けです。夕焼けはわかるけど、小焼けってなんだろう。

暗くなる前におうちに帰りたかったので、犬の背中に乗せてもらい、おうちを目指しました。

そして、日が沈む頃、おうちの前にたどり着きました。

そこには顔を真っ赤にしたおかあさんと、顔を真っ青にしたおとうさん、そして、大勢の鬼が立っていました。おとうさんとおかあさんが危ないので、ぼくは勇気をだして、鬼に立ち向かいました。

そんなぼくに、おかあさんは泣きながら怒って、おとうさんは泣きながら謝ってきました。

そのあと、ふたりが鬼たちに頭をさげると、鬼たちが帰っていきました。
鬼たちはよい鬼だったのかもしれません。はやとちりをしました。

気付いたら、犬と猿と雉はいなくなっていました。

ぼくはおとうさんとおかあさんに今日の話をしました。

ふたりはだまって聞いてくれたけど、聞き終えたあとは少し困った顔をして笑っていました。

桃太郎ももしかしたら、こんな感じなのかもしれないと思いました。



 読み終えた私は、得も言われぬ気持ちを抱え、冷えたコーヒーを啜りました。

 皆さん、これは読書感想文なのでしょうか。僕はどのように審査したらよいと思いますか?ご意見、お聞かせください。

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