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[ショートショート]

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数百文字から数千文字の話です。
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#小説

ペトルーシュカ和音

ペトルーシュカ和音

彼女の創る作品は荘厳で仰々しい代物ばかりだ。

今、僕の目の前にある作品はその中でも特に異質である。

大きな白鳥が羽ばたく瞬間を立体的に切り取ったような石膏像に、大きな茶色い傘のきのこが無数に散りばめられており、大小の異なるきのこはそれぞれがそれぞれに対して恐怖を煽っている。

加えて、全体がペトルーシュカ和音の実際的な具現化であり、鑑賞者に対して畏敬とも喜びとも恐怖とも言い難い複雑な感情を呼び

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出会いについて。

出会いについて。

「ねぇ、僕には悩みがあるんだよ。多分、割りに馬鹿げたやつが」

言葉は薄暗い部屋に飲まれる。
カーテンから僅かばかりの灰色の陽が滲み出ている。
この光の感じ、外は曇天だろうか。

悩みというのはつまり、僕には悩みを聞いてくれる女の子がいないことだった。
真剣に。
よくよく考えなくとも、一般的に大学生は、日夜男女が集う飲み会に繰り出すものではないか?

そうでなくとも、女友達の1人や2人いてもいいと

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大きな荷物

大きな荷物

「今夜、きっと大きな荷物が届くでしょう」

女は僕にたっぷり含みがあるような調子で語る。
僕は何のことだか全くわからないという眼差し、眉の角度、口角の上がり方で女を見つめた。
すると彼女は踵を返し、そこに甘いオークの香りを残し僕の前から消えてしまう。

 そして、今、僕の家に大きな荷物が届いている。
大きな荷物には宛先や送り主といった類の情報は一切記されておらず、配達されてきたような気配もない。

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本を読むこと

本を読むこと

 僕はタフでなければならないと思った。タフでありたいと願った。

 タフであることは結局のところ必要十分な条件で、そうでなければこの世間をうまく切り抜けられないということを親指を咥え、幼児向けアニメを食い入るように見、悟った。

 タフであるために、まず僕は身体を鍛錬することにする。

 市営のジムに毎晩通う。

市営ジムは三百円で二時間鍛えられる上、夜に至っては人はまばらであり、僕のような幼い男

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白うさぎ

白うさぎ

 宇宙が好きな友達がいる。

彼は森羅万象になんらかの因果を求めるタイプの人間で、それはとても真剣な意味での宇宙を愛している。

彼は、

「白色光が綺麗だって言うのはナンセンスだよ。白色光っていうのは雑多な光が混ざり合っていて、吐き気がするぐらいだよ」

とかそんな具合に、世の中の一般に対して攻撃的になることが多くある。

格好はいかにもインテリジェンスな好青年という風である。

若手俳優が演じ

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こんなのってないじゃないか

こんなのってないじゃないか

 こんなのってないじゃないかってことがあったんだ。
結構前にね。

 その日16時に僕らは駅で落ち合おうと約束したんだけど、女の子は10分遅れてやってきた。

電話で

「迷っちゃった、どこいるの」

なんていうもんだから、僕は

「今どこにいるの?何が見える?」 

と尋ねる。

「なんか真ん中に風船みたいなのが垂れてるの、中央改札なんてどこにあるの...。あ、あった!今改札出るね」

なんて言

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大きな満ち足りた部屋にて

大きな満ち足りた部屋にて

大きな満ち足りたベッドの上で私は目を覚ます。

19世紀風の絵画で散見される犬と寝そべった裸婦みたいに体を傾ける。

そして大きく上下するその胸にそっと手を当てて、頬に口付けをする。

太陽はもう八合目あたりに輝いていて、カーテンの隙間から差し込む陽光はほとんど床に散乱する下着やらセーターやらシャツやらを照らすだけだ。

ベッドサイドテーブルに置かれた二つのワイングラスには、赤ワインがほんの一口分

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湿気、置き時計

湿気、置き時計

 目が覚めると、眼前の世界は明らかに今までのそれとは異なっているように感じられた。

僕の肌を覆った鬱陶しい湿気をたっぷりと含んだあの空気も、あれほどまでに必死に僕を外とつなぎとめようとしていたセミの煩わしい喧騒もない。

空気は明らかに清潔であり、小さな虫たちによって震えてもいなかった。

ベットの脇に置いてある時計に目を向ける。

針は10時ごろを指す。

正確な時刻は必要ではないし、そもそも

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いつからだろう。

いつからだろう。

 いつからだろうか、風鈴の音が室内に入らなくなってしまったのは。

 いつからだろうか、打ち上げ花火に気がつかなくなってしまったのは。

 いつからだろうか、蝉が啼くの声が耳に入らなくなってしまったのは。

 それもこれも全てこの酷暑による気だるさからだろうか。それとも私から来るものによってなのか。

 私は田舎にいた頃縁側に寝転びながら、セミの大合唱の中をかき分け風鈴の音に耳を傾け、花火が上がる

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マティーニ、浮かぶオリーブ

マティーニ、浮かぶオリーブ

 暗い木目調のバーカウンターで、マティーニに浮かぶオリーブがきらりと光る。
暗がりなバーで私は1人マティーニと対峙している。

カクテルグラスの細い足をそっと持ち、口に運ぶ。

そして一口飲む、今日はそう簡単には酔えないような気がした。

ネイルを確かめるとそれはやはり美しかったし、シルバーのリングとブレスレットはお互いに調和が取れている。

少し派手すぎるかもしれないと思ったこの深紅のワンピース

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村上春樹はエモい。

村上春樹はエモい。

 昔々と言った方がいいのかもしれないのだけれど、ティーンな女の子たち、要するにある種の退屈に生きる女の子たちにとって''エモい''っていうのは非常に重要な感性であるのだと思う。

誤解を恐れずにいうけれど、大抵のティーンは暇を持て余し退屈していると僕は考える。

僕がティーンであった頃、見知らぬ大人に退屈だろうと言われたら腑煮え繰り返っていただろうが、やはりあの頃の僕は暇を持て余していた。

退屈

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[ショートショート] ポップコーン

[ショートショート] ポップコーン

 ポップコーンを買った。田舎のロードサイドにドカンと居座るショッピングモールにあるカルディーで買った。

自分で火を通してポンポン言わせるタイプのやつだ。レジの近くにあるちょっとした棚にあるものって、ついつい手に取ってしまう。

ポップコーンはレジの真横に隊列を組んでいた。グットオールドデイズよろしく、牧歌的なアメリカを連想させるパッケージだ。

 キッチンに立つ。気を引き締めなければならない。

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