創作SS『幸福の青い鳥2023』#シロクマ文芸部
逃げる夢。
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雨の帰り道。水たまりのなかで、青い鳥は羽根を怪我して、ぐったりとしていた。人々は足早に通り過ぎていって、誰も気づいてはいない。ぼくは見過ごすことができず、コートをびしょ濡れにして、鳥を抱きかかえて連れ帰った。羽根はすす汚れていて、ちょうど今日の曇天みたいだった。
帰宅してすぐに暖房を入れて、怪我の手当てをしてやった。そしてあたたかいお湯で、汚れた身体を洗ってやった。汚れが落ちた鳥の羽根は、快晴の空みたいだった。一人暮らしのマンション。繰り返す日々のルーティン。そんなぼくの灰色の毎日は、少しずつ彩りに満ちた世界に変わっていった。
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一ヶ月前に、彼女にフラれたばかりだった。
『何か違うんだよねー』
『何が?』
『何となく思ってたのと違うってゆーかー』
『だから何が?』
『ほら、そーゆーとこー』
『もう、いいよ』
『やっぱ私ら、合わないんじゃない?バイバイ』
『……』
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二週間前には、バイトもクビになった。
『君、いつも表情が暗いんだよね』
『すいません、一生懸命やってるんですが……』
『葬式に参列してる訳じゃないんだからさー。苦笑』
『すいません……』
『すいません、しか言えないの?ロボット?ほんと暗いよねー。もう来なくていいから』
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どいつもこいつも好き勝手言いやがって……ぼくはむしゃくしゃして、水たまりを蹴飛ばした。くたくたのビニール傘が落ちた。そして青い鳥を見つけた。いや、見つけられたのは、ぼくの方だったのかもしれない。
鳥はだんだん元気になっていって、餌も食べられるようになった。青空みたいな鳥をハル、と名づけた。ハル、と接していると、ぼくのなかの曇天も澄んでゆくようだった。拾った鳥の世話をしていたぼくは、いつしか鳥の存在に支えられていた。
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逃げる夢。小さなこどもの頃、絵本に出てくる幸福の青い鳥が大好きだった。都会のチルチルミチルたちは、高い空ばかり見上げている。明るすぎるネオンが星を殺す。すっかり回復したぼくの青い鳥は、油断して窓を開けたときに、空の中心に吸いこまれるように飛び立っていった。
幸福は一カ所には留まらない。足元のちいさなひかりを見落とさないで。しあわせの種は、あなたたちの胸のなかに眠っている。
photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、詩さん)
photo2:unsplash
design:未来の味蕾
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