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400字エッセイ

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2021年10月の記事一覧

大きな決断を実行できる気がしないんだ

次男と四男と三男の僕は、スープカレーを食べることを主な目的として札幌へ飛んだ。次男が「札幌でスープカレー食べたい」と言ったのが旅行のきっかけで、まさか本当に行くことになるとは思っていなかった。 どうしてもスープカレー以外の札幌グルメが食べたいという四男の希望を叶えるため、ホテル近くの海鮮丼屋に出向いた1日目の夜、海鮮丼はランチのみで夜は居酒屋営業と言われ、仕方なくそのまま飲むことになった。 酒が進むとふざけることを通り越して真面目な話が多くなる。四男が若くして結婚し、2人

すべてが新しくすべてにドキドキする

朝起きた後の見慣れない天井が、いつもと違う場所に来ていることを寝ぼけた僕に教えてくれる。玄関の引き戸をカラカラ開けて、まるで緑色が溶け込んだような空気を胸いっぱいに吸い込んだ。水漏れ補修の跡がたくさんある昔ながらのキッチンに向かい、冷たい水を一杯飲んだ。お隣さんの猫も起きたようで、あくびのようなのんびりとした鳴き声がときどき聞こえる。 昨日から始まった新天地での生活は、すべてが新しくすべてにドキドキする。期待と不安のドキドキだ。期待と不安は、理科の実験でつくった地層のように

終わり悪くても良しとする

自分でも気づかないうちに、目を一本の線で描けてしまうくらいニコニコした笑顔を浮かべるベテランスタッフに釘付けになっていた。 冗談を交えた最初の自己紹介、後輩スタッフへのわかりやすく丁寧な指示、迅速ながらも荷物と床と壁には絶対に傷をつけないように意識された梱包作業、すべてが気持ち良かった。 特に、素直に段ボールに入ってくれない形をした荷物を梱包する際にみせるそのスタッフの創造性といったら、何か有難いものを見せていただいている気分となり、唸りながら笑っている自分がいた。 引

手紙を書くってほんとに気持ち良い

現代ではスマホのフリック入力やPCのタイピングで「書く」ことが大部分を占め、手書きで文字を「書く」ことは殆どなくなった。そんなペンを持たない日々に慣れた私たちにとって、手紙を書くことは本当に疲れる。100文字書いただけで利き手と腕がじんじん熱くなり、続きを書くためには丁寧にマッサージしてあげる必要があるくらいだ。 だけど、手紙を書くことは気持ちが良いことだ。送り宛の人との思い出を頭に浮かべながら、今伝えたい内容を書いていく。スラスラ出てくるときもあれば、言葉の表現をこっちに

イライラしているとき

感謝と謝罪の言葉が素直に出てこないとき、何だかいつもより食べるスピードが早くなっているとき、細い道で向こうから来る人に道を譲れないとき、「あっ!自分イライラしてる!」となる。自分の気持ちに気づいたときは作業をすぐに中断してイライラの原因を探り、自分でどうにかできることなら対応して、自分のコントロール外にあるとわかれば気持ちよくあきらめる。大事なのは2つ。すぐに対応することと、イライラしている自分を責めたりせず素直に認めてやることだ。 一方で厄介なのが、イライラている自分に気

便利になったなあと感じるとき

県外に引っ越すことが決まってからは、新しい土地で過ごす生活への期待と不安が毎日増加するのに比例するように、引っ越しに関するやることリストを消化しなきゃいけない事実への億劫な気持ちも、日に日に重くなっていることを感じていた。住居の決定、引っ越し業者との連絡、不動産会社への通知、電気・ガス・水道の停止などなど、数え出したらキリがない。考えるだけでため息がでてしまう。 それでも、Googleさんに「引っ越し やること」と尋ねると、やることを期間ごとに纏めてくれている記事がたくさん

次男と四男と僕と北海道

北海道の北広島駅に兄弟3人で降り立った。現在地と駅名のギャップに冗談を言い合いながら、目当てのスープカレー屋さんを目指す。開店まで時間があったので、近くの街の眺めが楽しめる場所で時間を潰すことにした。 平らな屋根の家が並ぶ街並みと、目を楽しませるカラフルな紅葉が並ぶ通りを、3人で眺めていた。 「でも実際に北海道に来たかなんてわからんよな。飛行機で北海道に来たつもりでおるけど、知らん間に違う場所に連れてかれてるかもしれやんし。」 まるでくだらないようで、少し考えさせること

慌てたってしょうがないとき

人身事故のため、次の羽田空港行き列車がいつくるかわからない状況の京急蒲田駅は、フライトの時間に間に合うかどうか不安で落ち着かない人々で埋め尽くされていた。 不安で落ち着きがない人は外から見るとすぐにわかるんだなあと、早めに家を出たので時間に余裕がある僕は呑気に眺めていた。しかも、不安は簡単に伝染するようだ。1人が駅員さんに現在の状況を尋ね、駅員さんが曖昧な答えを返すと、周りの人は駅員さんを更に問いただしたり、同伴者と不安な気持ちを共有したりしている。 そんな不安や焦りが蔓

ときどき旅に出てみるけれど

玄米と味噌汁が基本で、納豆と卵を付けると贅沢に感じるくらいには質素な食生活を送り、空いた時間には読書と映画、10時には寝て6時に起きる平凡な生活をしていると、ときどき何らかの刺激が欲しくなる。そんなときは旅に出てみる。 旅といっても観光名所やご当地グルメを満喫するのではなく、商店街をぶらぶらしたり、外観がかっこいい古本屋に入ったり、地域に馴染んでいるパン屋でスタッフ推しのパンを食べたりするだけだ。それから、足腰が疲れ果てるまで地域を練り歩く。Googleマップを開きたい衝動

違和感を無視しない

浜松を訪れるため、新横浜駅の新幹線乗り場に向かった。待合室にはスーツケースや旅行カバンを携える人々で溢れかえっている。マスク越しに小声で話しながらも、休日にワクワクしている彼らの笑顔は眩しくキラキラしていた。喜びと興奮のエネルギーを心の内にひっそり秘めている彼らにおしとやかさを感じ、人間の素敵な一面を垣間見た気がした。 階段をのぼりホームに向かうと、意外にも人が少ないことに違和感を感じた。しかし、売店で買った缶コーヒーが熱すぎることへの対応に全ての神経を集中していたためか、

発熱で苦しんだ日の翌朝

半袖シャツが体に張り付くほど汗をびっしょりかいたのと引き換えに、昨日の立っているのも座っているのも嫌になる倦怠感とお風呂上がりのような体の火照り、そして鋭い頭痛はどこかへ行ってしまったようだ。 これほど気持ちよく清々しい朝を迎えられるなんて、生きるって最高だ。体力ポイントがマックスに回復したゲームのキャラクターは、毎回こんな気持ちなんだろう。 何でもやれる気分とはこのことだ。まずは大量の汗が染み込んだ布団類を洗おう。ワクチンの筋肉痛が残る右腕を庇いながらシーツ類を洗濯機に

僕の体が抵抗している

サウナで自分を限界まで追い込んだときのように顔が熱く、止まらない生唾を吞み込むとみぞおち付近にキュッと鋭い痛みが走る。首から上がやけに重たく感じ、頭を左右に振ると頭の中で何かがぶつかり合う。熱いからといって半袖半ズボンに着替えると、急に悪寒が足元から駆け上り、思わず両腕で自分の体を抱きしめる。静かに本でも読もうとするけど、思考を3分巡らせるだけで脳はスリープモードに遷移し、目頭の上に誰かがオモリでも載せているかのようで、目も満足に開けていられない。 中学生の時にインフルエン

夜中に発生する地震の恐怖

揺れを感じて目が覚めると同時に、けたたましいサイレン音がスマホから鳴り響く。揺れは収まるどころか激しくなるばかりで、嫌な予感ばかりが脳内を駆け巡る。これほど人を不安にさせることは他にあるだろうか。 地震大国である日本に住んでいるから地震には慣れているつもりでいるけど、揺れを経験するたびにそんな「慣れ」は存在しないことを実感する。 大地が揺れるという非日常感を楽しめたのは小学生までで、それ以降は地震の怖さしか感じなくなった。大地が揺れるたびに、これまで日本を襲ってきた大地震

横断歩道で得た変な喜びと反省

いつも1人で渡る横断歩道がある。信号はあるけど、車通りが少ないので信号の色は気にしたことがない。今日、その横断歩道の向こう側で、犬を連れたお爺さんが信号を待っていた。信号の色は赤だけど車が来る気配はない。それでも、僕の足は無意識に止まっていた。 お爺さんの存在が僕の足を止めていることに気づき、「へー、自分て周りの目を気にして生きてるんやな!」と一人で感動していた。人間は社会的な生き物であるという知識と実際の経験が一致したことで、得体の知れない絶妙な喜びが身体の奥にまで到達し