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ローカル線に乗って広島駅から敢えて宮島と反対方向に… その4 広と横須賀 平和について考える バスタ新宿デビュー後 何もかも快適 当たり前過ぎて意識しなくなっていること


緩(ユル)いバス旅、ローカル線の旅を通して長閑な景色を愛でつつ、

 広島駅から敢えて宮島と反対方向、呉線に乗って呉市広(ひろ)迄やって来ました。

経緯

 都内から広島へ初めてのバス旅…

 広島からは快適なローカル線の旅。

向かうは渋く広。

 世が世なら日本の航空機産業の中枢になった街。

 広海軍工廠遺構を愛でつつ地球人の歴史にまで思いを馳せてしまう…

 今回はその広との対比という視点で…
横須賀市の戦争遺構への旅…

 横須賀市さんなんかも事情は類似していて、東芝ライテックさんが、軍需工場を居抜きで引き継がれて居ます。

その往時の建物は東芝ライテックさん本社として今も健在。

此方はそのまま建物が残って居ます。今は一部は利用されず当時の面影のまま空家になっています。とても生々しいのですが一般公開は当然されていません。
 そもそも東芝さんは本邦での電球生産の祖。電球の5大発明の内の2つは同社のものとのこと。マツダランプとして有名でした。

 因みにマツダランプというGE所有の商標はゾロアスター教の最高神の名前に由来します。

閑話

 今回のリファレンスに置いた広島の産業の雄、マツダ自動車の社名は、創業者である松田重次郎の姓に由来していると同時に、ゾロアスター教の最高神であるアフラ・マズダー(Ahura Mazda)にちなんだものでもあるそうです。

 東芝ライテックさん、マツダ自動車さん何れの話も恥ずかしながら今回、事前調査で初めて知った次第。(笑)

閑話休題

 当たり前過ぎて意識しなくなっていることなのですが、戦争遺構については個別にメリハリをつけて保存と撤去が取捨選択されて居ます。横須賀市さんも、ガントリークレーン

出典

や引き込み線

トンネル無いの引き込み線や地下倉庫跡

例)比与宇(ひよう)トンネル

等は特別保存される事無く、逐次撤去が進んで居ます。まぁ戦争遺構だらけの街並みというのもやり過ぎなんですよね。デジタル映像として永遠に保存されるということなのでしょうかね。

 その3でご紹介した広の海軍工廠の戦争遺構も同じ感じ。ということで、今回消えゆく貴重な戦争遺構について、皆様の記憶に留めて頂ければという思いでご紹介しました。

 パレスチナのイスラエル奇襲やロシアのウクライナ侵攻などをみるにつけ…

 この様な戦争遺構となるようなものが新しく生まれないようにという思いでも有ります。


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