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#街歩き
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.11
御開帳の観音像を刮目し
鬼子母神出現の謎に迫る【護国寺~雑司ヶ谷編・前編】
期待感を募らせる護国寺の参道「御開帳」。
信徒はもとより、仏像好きをザワザワとさせる魅惑の3文字です。
ふだんはお堂の厨子に納められている仏像が、その御扉を開いてお姿を顕すわけですね。
場所は文京区の護国寺。徳川5代将軍綱吉の生母・桂昌院の発願によって創建された、お江戸を代表する巨刹のひとつですが、近年、毎月18日
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.10
最先端の街にそびえる大観音と
裏原宿の地霊スポット【青山・原宿編】
最先端のストリートと霊木の根株「君は麻布大観音を観たか?」
今回は、こんな呼びかけから始めたいと思います。
起点は、東京メトロ「表参道」下車すぐの表参道交差点。ここから青山通りを渡って、根津美術館方面へ進みます。通称みゆき通り。さすが南青山とばかりにハイブランドのフラッグシップ・ストアが建ち並んでいて、目移りしまくりです
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.9
稲荷信仰のメッカを詣で
猫稲荷の謎に挑む【赤坂・後編】
赤坂の歴史を物語るふたつの寺院 前編につづき、日枝神社の丘を下り、外堀通り(かつての外堀)を渡って赤坂の街を入ってみましょう。
ゆるやかな上りに3本の道が横断し、それぞれ飲食店が軒を連ねています。
かつて一帯は花街(花柳界)を形成。最盛期は料亭100軒、芸妓は400人を数え、政治家や軍人が足しげく通っていたそうです。いまは往時の面影はあ
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.8
赤坂のふたつの“尾根”をめぐり
古代のミステリーと出会う【赤坂・前編】
赤坂のまちが発展したきっかけとは「赤坂」とは、現在の赤坂見附から四谷方面に上る外堀通りの坂の古称で、その上り口ふきんに建てられた江戸城の門に赤坂の名が冠され(赤坂御門/赤坂見附)、やがてこの一帯の地名になったといわれています。
古地図の左上をよく見ると、「赤坂御門」のほか、「アカ坂一ツ木丁」「アカサカ表デンマ丁」などの文字
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.7
お江戸の鬼門ラインに連なる
最恐&最強の守護神めぐり
ムクノキの古樹に祀られた疫病治癒の「元宮」 今回の起点は、最近リニューアルして改札の向きが変わったJR御茶ノ水駅・聖橋口。 まずは、横断歩道を渡ってすぐの場所へ。
崖地に立つ古樹の幹に「太田姫神社 元宮 旧名 一口神社」という札が掲げられ、その上に「太田姫稲荷神社神符」を納める神棚が据えられています。
何でしょうかコレ。通行人の多くが
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.6
上野の謎めく神仏と出会い
大寺院・寛永寺の記憶を歩く【後編】
これ以上落ちようがない大仏さま (前編からつづく)
花園稲荷をあとに、大通り(旧寛永寺の参道)を北に進むと、左に上野大佛の看板あり。「大仏山」と呼ばれる小高い丘につづく石段を登ると、なぜかインド風の仏塔が建っています。そしてふいに左に目を移すと、インパクト絶大な御尊顔が――。
何と、顔だけの大仏さま(青銅製、像高150センチ)です
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.5
江戸情緒を秘めた上野で
“穴場”の神仏名所をめぐる【前編】
絶景の不忍池に浮かぶ祈りの聖地・弁天堂へ 今回は、上野駅「不忍口」および京成上野駅からスタート。
まずは不忍池へ向かいます。すると、思わず声が出る絶景――見渡すばかりのハスの群生とその奥に浮かぶ弁天堂の景観――がお出迎え。7月に見頃を迎えたハス池は、8月下旬まで堪能できます。
「朝ひらき炎昼に閉づ蓮の花 命短し4日なりとて」(愚拙詠み
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.4
浅草寺の絶対秘仏と
待乳山の古代史に思いを馳せる【浅草・浅草寺周辺 後編】
ぜひ本堂内陣に上がってお参りを(前編よりつづく)
では、間口34.5m、奥行32.7mの巨大な浅草寺の御本堂へ————。
その内部は外陣と内陣に分かれており、内陣正面には、総金箔押の巨大な宮殿がドンと鎮座。正面には美しい刺繍が施された「お戸張」が降ろされ、中には絶対秘仏のご本尊(聖観音菩薩)のほか、前立ち像など5体の
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.3
東京最古の聖地・浅草寺に秘められた
伝説と秘史をめぐる【浅草・浅草寺周辺 前編】
浅草観音が出現した原点からスタート 今回の出発点は、都営地下鉄浅草線・浅草駅の真上に位置する駒形堂です。
ここは東京最古の寺院・浅草寺発祥の地。今から約1400年ほど前の推古天皇36年(628)、隅田川のほとりに住む漁師、檜前浜成・竹成兄弟の網に1体の御像がかかり、それを引き上げたのが現在の駒形堂のある湊でした。
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.2
“裏芝”に遺された神仏の名像と
都市伝説のご利益スポット【芝・増上寺周辺・後編】
上書き、更新されていく地霊スポット 前回、芝の増上寺、すなわち徳川家の霊的守護の要となる寺院と、都心に残る最大の前方後円墳の場が重なっていたことを見ていきました。このことは単なる偶然だったのか。あるいは何らかの意味があったのか、なかったのか……。
江戸の都市計画といえば、よく知られているのが、家康・秀忠・家光と三
神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.1
徳川家康が選んだ江戸の聖地に
巨大前方後円墳があった【芝・増上寺周辺・前編】
江戸を代表する大寺と
徳川家康の守り本尊 出発点はJR「浜松町」および都営地下鉄「大門」。西に向かうと、増上寺の大門が出迎えます。
ここでいったん大門前を右折し、芝大神宮へ。「関東のお伊勢様」と呼ばれてきた名社にご挨拶がてら参拝します。「地霊ウォーク」は、その土地の鎮守さんをリスペクトするのがお決まりです。
さて、