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神仏探偵・本田不二雄が案内する 「TOKYO地霊WALK」 vol.10
最先端の街にそびえる大観音と
裏原宿の地霊スポット
【青山・原宿編】
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神仏探偵・本田不二雄が案内する「トーキョー地霊ウォーク」。今回は、南青山の奥にそびえ立つ日本最大級の仏像と出会い、江戸の善光寺を詣で、裏原宿の裏を探索します。最先端のトレンドを映し出すモードの街も、一歩分け入ってみると近代以前の歴史も色濃く残し、令和の今も更新されつづけていることを実感します。今回もまたディープです。
最先端のストリートと霊木の根株
「君は麻布大観音を観たか?」
今回は、こんな呼びかけから始めたいと思います。
起点は、東京メトロ「表参道」下車すぐの表参道交差点。ここから青山通りを渡って、根津美術館方面へ進みます。通称みゆき通り。さすが南青山とばかりにハイブランドのフラッグシップ・ストアが建ち並んでいて、目移りしまくりですね。
そんななか、確かな存在感(違和感?)を放つ、真新しい神社がありました。大松稲荷です。とはいえ最近祀られた神社ではなく、年代は不明ながら社頭の水盤には天保10年と記されているとおり、江戸期にはすでにあったようです。
聞けば、2年くらい前に改修されたようで、最先端のモードが覇を競うこの界隈で、変わらず護持されてきたのですね。そしてこんな由緒を伝えています。
かつてここに巨大なマツの霊木があり、あるとき暴風雨でマツの木が倒壊。その場所に祀られたのが当社の始まりで、今もお社の床下には霊木の根株がある――と。
ちょっと感動しますね。まさに地域の“根っこ”がここにあります。
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さて、根津美術館の手前で右折し、骨董通りに出て左に進むと、「大本山永平寺別院 長谷寺専門僧堂」と書かれた寺の参道に行きあたります。
曹洞宗大本山の別院で、正式な寺名は補陀山長谷寺。そこに麻布大観音がおられるのです。何はさておき、山門入ってすぐ右の観音堂に入ってみましょう(午前6時より午後5時まで開堂)。
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麻布の地に伝わる「長谷観音」の系譜
おお。思わず声が出ます。堂内、目の前に高さ約10m(3丈3尺)もの観音像がそそり立っています。木造としては国内最大級。まずはその大きさに圧倒されますが、女性的な優しいお顔と素木の風合いが印象的で、ほかのどの仏像とも異なる個性を感じます。
そんな仏像がなぜ東京の都心にあるのか。現代的ともいえる像容も相まって、やや唐突な感も否めません。
ところが、こんな歴史が秘められていました。
〈江戸時代以前、渋谷が原と呼ばれたこの地に、大和国(奈良)の長谷寺と同木のクスで造られた像高4寸(約12センチ)の観音像を祀るお堂があり、人々に崇められていた。
そして徳川家康が江戸に入府したのち、この観音堂を基としてあらたに補陀山長谷寺が開かれた(上の古地図の右下、下から上に書かれた「長谷寺」の文字が見える)。
正徳6年(1716)には、大和の根本像に匹敵する2丈6尺(約7.9メートル)の像が造られ、その御首に旧像が納められた。以後、江戸屈指の観音霊場として人々の尊崇を集めたが、昭和に入って太平洋戦争で焼失。しかし戦後、再建を願う人々の強い要望を受けて新造され、1977年にそのお姿がよみがえった〉
かつて、奈良の「長谷観音」との縁を伝える古像を身中に宿す大観音があった。それは空襲によって失われたものの、ふたたびこの地に顕現された――というわけですね。
昭和の新造にあたっては、福岡県大川市の樹齢600年超のクスノキが用いられ、印象的なお顔は香淳皇后(昭和天皇の皇后)をモデルに彫られたそうです(ウィキペディア)。
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観音堂にお伺いした平日の午後、椅子に座ってお像と向き合い、静かに時間を過ごす参詣者の姿が印象的でした。
長谷寺のホームページではこう説明されています。
「左手に蓮華の瓶を持ち、右手に数珠をかけ錫杖を持ち、右足を半歩前進する独特の御姿は長谷式といわれ、観音と地蔵の両菩薩の徳を持つとされています」
霊木から化現したと伝わる霊験あらたかな「長谷観音」の系譜を継承しつつ、現代人の心に寄り添う観音様――。そんな“信仰のいま”がここにあるようです。
東京にいながら全国の名刹(の別院)巡礼
さて、来た道を引き返して表参道入口に戻り、青山通りを外苑前方向に進むとほどなく、左手に立派なお寺が見えてきます。善光寺東京別院です。
筆者も最近までその存在を知りませんでしたが、上の古地図にも「善光寺」として載っています。当時は明治神宮も表参道もなく道路状況は異なりますが、その位置はほぼ昔のままです。
なお、先の長谷寺、前回の豊川稲荷も同様、本山・名刹の東京別院は都内各所にあります。あとで気付きましたが、長谷寺の近くには臨済宗の本山・相国寺の別院があり、ほかにも高野山の別院(港区)や薬師寺の別院(品川区)などがあります。加えて、「別院」とは名乗らずとも、東京には本山直結の支院が集結しているのです。
さて、善光寺といえば、言わずと知れた信濃国(長野)の名刹。日本最古の仏像といわれる絶対秘仏の御本尊(一光三尊阿弥陀如来/善光寺如来)を奉安し、男女も身分も問わず、結縁すれば必ず極楽往生を遂げるといわれ、「一生に(遠くとも)一度は参れ善光寺」と歌われた憧れの聖地です。
こちらの別院は、江戸のはじめに谷中に創建され、大火で焼失したのち、宝永2年(1705)に現在地に再建されました。かつて青山の地は善光寺の門前町だったといいますから、こちらも参詣者で賑わったことでしょう。
現在の本堂は1974年の再建ですが、信濃の本寺と同じく重層(裳階付)の建物で、秘仏の一光三尊阿弥陀如来が奉安されています。また、ご本尊の下は「戒壇巡り」(真っ暗な通路を進み、途中にある「極楽の鍵」を手探りする)ができる造りになっているそうですが、コロナ禍以後は案内不可とのこと。いやはや残念無念。
気を取り直して境内を見回してみます。山門の仁王像の裏には風神・雷神像。なかなかみごとな造作です。また、古い墓石や石仏が集められた供養塔の中に、味わい深い青面金剛像(庚申塔)を発見。元禄11年(1698)の記銘ありです。さらに、無記銘ながら素晴らしい観音菩薩の石像もありました。
こうした石造物を探すのも東京の寺めぐりの楽しみです。
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“裏原”の裏に第六天=穏田神社あり
今回、古地図(上掲)を見ていて、気になるポイントを発見しました。
図の左、赤地に「第六天」と書かれています。さっそく現在地をグーグルで調べると、そこに穏田神社が鎮座していました。穏田とは、かつて神宮前あたりを流れていた渋谷川が穏田川と呼ばれたことに由来する地名のようです。
つまり、古地図の第六天が現在の穏田神社です。
さらに調べると、この地は徳川家康の江戸開府にあたり、家康公を陰で助け、支えた伊賀衆に与えられた土地で、伊賀忍者の隠れ里「隠田」がのちに「穏田」と表記されるようになったともいわれています。ちなみに隠田とは、年貢・租税を免れた「隠し田」を意味しています。
穏田(隠田)に祀られた第六天――。
この第六天とはいったい何者でしょうか。ざっくりいえば、全国でも旧武蔵国周辺(東京を含む南関東)でのみ祀られ、明治初期にいっせいに“消された”謎の神様です。
ともあれ、流行の発信源である神宮前原宿エリアが、神仏探偵の頭の中で、一気に地霊ミステリーの現場と化していきました。
では、表参道を原宿方面に進んでみましょう。ケヤキ並木の大通りがゆるやかに下って、ふたたび上りになっていくのがわかります。その“谷”を流れていたのが旧渋谷川。現在は暗渠になり、キャットストリート(旧渋谷川遊歩道路)と呼ばれています。いわゆる“裏原”のファッションストリートとして人気ですが、90年代には実際に地域ネコがたくさん棲息していました。
それはともかく、アスファルトで蓋されていても、自然の川由来のゆるやかなカーブをなす“谷道”は、暗渠マニアのみならず、人々を招き寄せる不思議な魅力がありますね。
そんな暗渠道から隠れるように、穏田神社が鎮座しています(経路はスマホで要検索)。古地図に「此辺ヲンデン」と書かれた旧渋谷川流域、いまはファッション・アパレルの街の鎮守として護持されている神社です。
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謎めく狛犬と稲荷社のミステリー
現在の御祭神は、淤母陀琉神と阿夜訶志古泥神。
聞き慣れない神名ですが、これは記紀神話にいう原始の神から国生みのイザナギ・イザナミへとつづく天神七代の第六にあたる男女神のこと。つまり第六の天神というわけですが、もともとの祭神である第六天(第六天魔王)とは、神仏習合の時代に浮上した、インド発祥のシヴァに由来する“神々の王”というべき神格でした。
ところが、明治維新の神仏判然(神仏分離)令によって仏教由来の外来神が排除され、記紀神話の神へと差し替えられたのですね。
では、消された神・第六天とはどんな神だったのか。ここではそのことを言及する余裕はありませんが、今後、折に触れて語ることになるでしょう。覚えていてください。
とりあえず今回は、穏田神社境内の謎アイテムに注目してみます。
まずは一対の狛犬。お顔は……よく見ると、目や鼻は真上向きについています。見たことのない風貌です。ある狛犬研究家に「地球上のいかなる生物にも似ていないのが特徴」(永瀬嘉平『狛犬考』)と言わしめる珍しい像容のようです。
神社によれば、かつて近辺にあったとされる公爵の邸内に祀られた社のもので、戦争の空襲で全焼したのち、当社に譲られたとのこと。「首の下に「飾帯」(正装時の飾り帯)をつけているところから、朝鮮半島から渡ってきた(像)」(穏田神社HP)と考えられているようです。
拝殿にて二礼二拍手して振り返ると、真っ赤な一画がありました。
稲荷社のようです。奉納された赤い幟がびっしり立ち並んだ小さな神域に入っていくと、そこに「河野カタ女史像」と記された銅像がありました。
神社ホームページを確認すると、こんな御由緒が書かれていました。
「当社の氏子で、戦後の再建に尽力した河野カタ女史の夢枕に老神が立ち、『穏田神社と神楽殿の間の草むらの中に、昔稲荷様の祠があったが姿を消してしまった。そのため、稲荷様はお怒りになっておられる』と示現されました」
これがきっかけとなって、1961年に境内に稲荷社が建立されたそうです。なお、河野カタ氏は「漢方医学の大家」で、氏神の穏田神社に日参すること数年、土地神の化身を思わせる老神から上記の神示が降されたというのです。
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まさに、埋もれていた地霊が現代によみがえった稀有な例といえるでしょうか。
稲荷社は「穏田出世稲荷神社」とも称され、奉納された幟から、近隣の企業や氏子有志らから篤く崇敬されていることがわかります。
華やかな青山・原宿の街も、一歩踏み入ればこんな出会いと発見がありました。神仏を介した地霊ウォーク、まだまだつづきます。
【VOL.11へつづく】
文・写真:本田不二雄
※当サイトの内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固くお断りします。
【著者プロフィール】
本田不二雄(ほんだ・ふじお)
「神仏探偵」として、全国の神仏方面の「ただならぬモノ」を探索することを歓びとするノンフィクションライター。駒草出版の三部作として好評を博した『ミステリーな仏像』、『神木探偵』、『異界神社』(刊行順)のほか、そこから派生した最近刊『怪仏異神ミステリー』(王様文庫/三笠書房)、『地球の歩き方Books 日本の凄い神木』(Gakken)などの単著がある。
Xアカウント @shonen17
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2021年8月2日発売 A5変形 214ページ
ISBN:9784909646439 定価 1,980円(税込)
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2020年4月10日発売 A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293 定価 1,870円(税込)
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2017年2月11日発売 A5変形 256ページ
ISBN:9784909646293 定価 1,650円(税込)