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自由詩のマガジン

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自作の、行替えされた普通の体裁の詩です。癒しが欲しいときなどぜひ。
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記事一覧

『詩』石垣を造る

まるで職人のように男は石を積み上げる 誰に教わった覚えもなく なぜそれをしているのかすらわからない ただ黙々と 何人かの男たちとともに 粛々と 彼らは石を積んでゆく 大きな石を重ねると ちょっと上に積んだ石を押してみて 隙間に小さな石を詰める そんなやり方を なぜだか男は知っている 男たちは おそらく石垣を造っているのだ そこは山のなかでもなく 遠くに海が見えるでもなく あたかもコンピュータのなかの 何もない まっさらながらんとした空間だ そんな 人が暮らした痕跡もない 命

『詩』冬の朝露は国語なのよ、と君が言う

朝露がいっぱいに降りている   ⎯⎯ 夏の朝露は数学だけど、   冬の朝露は国語なのよ 庭を散策しながら君が言う ⎯⎯ ではガーデニングは哲学かな? 笑いながら僕が言うと ⎯⎯ 哲学なんかじゃないわ 近くの草花に手を延べながら いつになく真顔で君が答える まだ残っている草花も 冬が来て ほとんど茎だけになって揺れている 僕らは見たことがなかったろうか、おざなりに 朝露が枯れた葉の上で揺れている つまらないこんな抽象画を 綺麗に刈り取られたあとに広がる 黒々とした土壌の上で 

『詩』落書きしたいような青空

落書きしたいような青空だ 洗濯物を取り込もうとして ふと見ると 昨夜の夢の欠片がシーツの上で 荷待ちをする船のように揺らいでいる 亡くなった詩人におもいを馳せつつ まだ冬になりきれない風を 僕はしばし受け止める 日が昇り 珈琲を飲み 大学に近い公園で 哲学に近い言葉を拾う たった一行 それで一日が終わってゆく そんな仕事を卑下しながら それでも詩人は詩人になった 僕たちの 思想はまだ全く生まれてなくて 何かを掴むには幼過ぎた 人はいつ詩人になるのだろう 当たり前の ごく普

『詩』石蕗

私に石蕗が似合いますか? 潮風の強い こんな岩場で何かに耐えるように咲いている 私にこの黄色い花が似合いますか? 私はそんな強い人間ではありません まだそんな歳ではないと誰かが言った けれどもう私の人生の大半を 私は生きた 今はすっかりそんな気分になっているのです 石蕗の花って強いですね 潮風を こんな岩場で受けながら右へ左へ 首を揺らして耐えている そんな花に この私が似ているなどと いったい誰が 初めに言い出したのだったでしょうか? こうやって 黄色い石蕗の花の隣へ 腰

『詩』神籤を引いて僕らは旅に出る

軒下に 真っ赤に柿の実が熟している 沈んでしまった夕日の代わりに 僕たちは それを道標に旅に出る 小さな軽便鉄道で 昨日ふたりで引いた山の上の 神社の神籤に書かれていたのだ 揃って旅に出るが吉と 別にそれを 鵜呑みにしたわけではないけれど 僕らはこうして旅に出てきた 軒下で 柿が甘く熟していたので きっかけなんてそんなものよ、と 君はにこやかに微笑んで 膝の上にタブレットを開く まるで 買い忘れてきた駅弁のように 君は駅弁を覗き込んで タッチペンで一点に触れる 一滴の それ

『詩』トキントキンの鉛筆で

鉛筆を尖らせる チョンチョンにあるいはトキントキンに 文字を書くわけではない 黄河のような 手帳を開くとそこに大河が流れているので 尖った鉛筆の先でそれをなぞる あるいは 昔覚えた懐かしい歌が 流れ出すのでそれを捕まえる 空中に トキントキンの鉛筆の先っぽを泳がせて 手帳に芯の先を押し付けると ポキッと折れて飛んでゆく 捕まえた 歌と楽譜はまるで違うもののようで 悔恨が 小さな疵となってページに残る 二本目の鉛筆を手に取って空へ向けると 黒い 小さな穴がそこに開く おぞま

『詩』琥珀色のウィスキーのなかで

また一つ 氷が溶けて夜が更ける 私は口をつけずにずっと見ている ウィスキーは嫌いだけれど 人生が 誰のとも知れない人生が 氷の上に 乗っているような気がするから 私はそれを頼んでしまう グラスのなかで また一つ人生が過ぎてゆく こんなバーのカウンターで 私は神だ ただじっと 幾つもの人生を見つめている 琥珀色の グラスのなかの人生を 誰が死ぬとか 生きるとか 成功するとか しないとか 私に何の関係もない 琥珀色の こんなにも美しい世界のなかで 氷が勝手に溶けてゆく 誰かの

『詩』ブルースギター

ギターを弾いてたんだ ずっと昔から ガキの頃から 親父は怒りっぽくてね 飲んだくれならまだしも話になったろうが 単に気が弱いだけの小心者だった ギターを弾いてたんだよ 俺じゃない、親父がさ なに、プロなんかじゃない、知る限りは 俺が物心つく頃には、でも すっかりやめちまってたんだ だから 親父がギターを弾いてるところを 俺は一度も見たことがない 教えてくれたのは一度だけ あの都会の 小さなライブハウスでセッションした あんたも知ってるあの爺さんさ たった一度しか 一緒にや

『詩』シクラメン

昨夜来の雨が上がって 軒先から パラパラと雫が滴り落ちる 外に開いた窓の木枠に 両肘をついて ぼんやりと 少女は滴り落ちる雫を見ている 隣に置かれたシクラメンが 気持ちを代弁するかのよう 自分の不甲斐なさのせいで 彼は去っていってしまった そうして愛だとか恋だとか それが痛みと同義だと 少女は初めて知ることになった これからどうすればよいのだろう? 雨粒がリズムを奏でるなんて そんなことはあり得ない 雫はだんだんと減っていって ほら あともう一滴 あれが落ちたら 気持ちに

『詩』無性に詩が書きたい夜に

無性に詩が書きたい夜があったね ノンレムと レムとのあいだに落としてきた 言葉をたくさん拾い集めて そこで  (それは昨夜の夢の出来事) 蒼い眸のユニコーンに 銀色の 水の鞍を君は乗っけて 長い魚網を右脇に抱え 不安げに オレンジに光る手綱を取って あとは今すぐ飛び降りるばかり 谷底の 黒々とうねる大蛇のような あの恐ろしげな流れ目掛けて けれど谷底は深くて暗い 君はしばらく躊躇ったのち 意を決して オレンジの手綱に力を込める ユニコーンは利口なので それだけで 前足を高

『詩』彼が期待するものは

彼は鴉のように立っている 電柱の先に 大屋根の上に 神社やお寺の鴟尾の上に あるいは ほとんど列車の来る気配もない スレートの 田舎の駅のホームの屋根や あの街の タワーよりはもう少し低い 雑居ビルの屋上などに 彼はドローンのように鳥瞰し 有線放送のように語り 雨曝しの 看板の女性のように微笑んでは デジタルサイネージのようにころころと 顔色や声色を変えてみせる 小劇場の あたかも一人芝居のように いつも誰より満ち足りた様で もちろん彼は鴉ではない 列を成して 紅の空をゆ

『詩』逝ったひと

固定電話のほうが スマホより おもいが宵の明星に届きやすいのは 星々の 光が過去だからに違いない 柩に入れる花々が 物憂げなのは 予期せぬ出来事だからに違いない 何を越えたというでもないのに 昨日と今日が違うのは 秋雨が 濡らして通ったからに違いない そして誰も 変わらず今日もここに居る 特に付き合いがあったわけでもないけれど、訃報に接するというのは、それだけで特別なおもいが湧くものです。あれやこれや、何かしら考えてしまいますね。前日はそんな一日でした。 今回もお読

『詩』靴をみがく

靴をみがく 何年も ずっと履いてきた靴をみがく いろんな場所を歩いた靴をみがく 東京駅の地下街や 変わる以前の道玄坂や バーボンに魅せられた高円寺や そんなところを歩いた靴をみがく 靴をみがく 横浜の 海から遠い住宅地や 松本の 温泉街の夕暮れや 大阪の あいりん地区のすぐ近くで 夜を過ごした靴をみがく 靴をみがく クライアントと喧嘩をした そのとき履いていた靴をみがく 名古屋のテレビ塔の展望台や 八事の高級住宅街や 動物園近くのレストランで また別の クライアントと食事

『詩』ある企み

スポーティなオフィスビルの真下をカーニバルが通る 十四階の サッシの窓を開くと 簾のように<実り>をぶら下げて 前線が こちらへ向かってくるのが見える 噴水のように トロンボーンが噴き上がって 弾けた金鎖のようにバラバラと落ちてゆく そのせいで 赤い水銀柱が一気に下がる 季節の心変わりがこの秋は早い 机の上の<ラブレター>という名の企画書を 飛行機に折って窓から放つ カーニバルと紙飛行機がすれ違って あのひとが 僕を思い出してくれるはずだ そしたら偶然のふりをして あのひと