『詩』靴をみがく
靴をみがく 何年も
ずっと履いてきた靴をみがく
いろんな場所を歩いた靴をみがく
東京駅の地下街や
変わる以前の道玄坂や
バーボンに魅せられた高円寺や
そんなところを歩いた靴をみがく
靴をみがく 横浜の
海から遠い住宅地や 松本の
温泉街の夕暮れや 大阪の
あいりん地区のすぐ近くで
夜を過ごした靴をみがく
靴をみがく
クライアントと喧嘩をした
そのとき履いていた靴をみがく
名古屋のテレビ塔の展望台や
八事の高級住宅街や
動物園近くのレストランで また別の
クライアントと食事した靴をみがく
靴をみがく 何年も
一緒に仕事をした靴をみがく
雪道で滑ったこともある靴をみがく
雨水を跳ね飛ばして走った靴をみがく
暑熱に灼かれて汗を垂らした
そんな覚えのある靴をみがく
時にはバスに乗り遅れて 何粁も
へとへとになりながら歩き続けた
そんな靴を僕はみがく
靴をみがく
幾度も悔しいおもいをしながら
アクセルを踏み続けた靴をみがく
まれには喜びに打ち震えながら
ブレーキを踏んだ靴をみがく
苦しみや悲しみのために地団駄を踏み
感謝のために踵をそろえ
溢れる嬉しさにステップを踏んだ
思い出に傷ついた靴をみがく
靴をみがく
ブラッシングして埃を払い
クリーナーを塗って汚れを落とす
漆黒のクリームは夜を映す
水溜りに似た僕の心
薄く伸ばしてブラシを掛ける
さらに防水オイルを塗って
最後にもう一度みがきを掛ける けれど
掛け過ぎはいけない 光らせない
艶消し革は落ち着きが命だ
靴をみがく 今更のように
古い靴を僕はみがく ここ数年は
共に歩くことを忘れていた そんな靴だ
シューズボックスの片隅で ひっそりと
時間に耐えていたそんな靴だ
シューキーパーに支えられて 暗闇を
ひたすら受け入れてきた靴だ それを
何年振りかで僕はみがく
靴をみがく
もう履くこともないとおもった
踵のすり減った靴をみがく ある人の
最後の旅立ちを見送るために
一番大事な靴をみがく
気持ちをこめて しっかりと
時間をかけて靴をみがく
プレーントゥに
夕焼けが映る
*タイトル画像はこちらを使用
Davinder SinghによるPixabayからの画像
会社員でなくなってあまり履かなくなった靴を、また履く機会ができました。今回は比喩でも何でもなく、事実のままの詩です。と言っても、多少の脚色は入っていますが。
若い頃、入社して何年か経ってお金に多少余裕ができると、着るものに執着するようになりました。と言ってもメインはビジネスウェアです。お手本はもっぱら、雑誌『メンズクラブ』で、クライアントにアパレルがあったことも少しは影響して、結構力を入れて勉強、と言うか、いろいろ試してみましたね。
当時は今ほど情報が手に入りやすい時代ではなかったので、<トラッド>という言葉を知ったのも『メンズクラブ』で、何とかそれらしいスタイルに決めようと、スーツはここ、シャツはこれ、シューズは・・・と、あちこち探し回り、いろいろ着てみました。と言ってももちろん何十万もするようなブランドに手が出るはずもなく、自分の経済状況の範囲で、でしたけれど。
シャツは、『メンズクラブ』で襟の形がポイント、ということを知ったので、
幅の広いワイドだ、狭いナローだ、二枚襟だ、ピンホールカラーだ・・・と、とにかく手に入れられるものは全部試してみました。今考えると、まだ碌に仕事もできない若造がカラーピンを付けてクライアントに行ってたんですから、何だこいつ、くらいは思われてたでしょうね(汗)。
で、結局最後に行き着いたのはJ.PRESSのボタンダウン、これ一択。J.PRESSというのはオンワードの一ブランドです。様々試して落ち着いたのがごく普通のボタンダウン、っていうところがいいでしょ?
スーツも、最初はトラッドの雄ということでブルックスブラザーズを着てみたけれど、ズドンとしたボックスシルエットが好きになれず、次にシャツと合わせてJ.PRESSも試したけれど、こちらは逆に絞り過ぎたりしててシャツほど好きになれず仕舞い。なかなか難しいものがありました。値段も張るので、最後は紳士服専門店に落ち着きましたね。
で、靴です。
僕は歩き方がおかしいので、どんな靴もすぐ靴擦れを起こしてしまう。クライアントにシューズ専門店もあったので、バイヤーに聞いてみたりなどしていろいろ迷った挙句、ようやく選んだのがREGALのビジネスシューズのプレーントゥです。
革靴はビジネスシューズとドレスシューズがあって、どちらもポイントはデザイン性ですね。ビジネスシューズは、
が基本。ウイングチップは更に切り返しの先の部分に丸いメダリオンと言われる模様があったりします。
次に、紐を通す部分が甲の革に入り込んでいる内羽根式と、その部分が甲の上に覆い被さっている外羽根式。この2種類があって、よりフォーマルなのが内羽根式ですね。
で、最終的に僕の足に一番フィットしたのが、プレーントゥの外羽根式。REGALブランドのこのタイプが、どれだけ長く履き続けても靴擦れを起こすことなく、歩き続けることができました。以来、ビジネスシューズはこれ一択。サイズも25.5センチと決まっているので、購入するにも何の苦労もありません。起業してからはもっと楽な靴がメインになったけれど、それまでに何足履き潰したことか。
そんなこんなで靴箱の奥にしまい込んでいたそれを、今回ひさしぶりにみがいてみました。それがこちら。
シューキーパーは形崩れを防ぐためのものだけど、長く入れっぱなしにしていると革が伸びてしまうことがあるので要注意です。
靴の手入れの仕方も『メンズクラブ』で学びました。いろいろと、当時は頑張ってたなー、なんて、今おもうと感慨深いですね。
靴一足で、ずいぶん長い話になってしまいました。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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