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『詩』彼が期待するものは

彼は鴉のように立っている
電柱の先に 大屋根の上に
神社やお寺の鴟尾しびの上に あるいは
ほとんど列車の来る気配もない スレートの
田舎の駅のホームの屋根や あの街の
タワーよりはもう少し低い
雑居ビルの屋上などに


彼はドローンのように鳥瞰し
有線放送のように語り 雨曝しの
看板の女性のように微笑んでは
デジタルサイネージのようにころころと
顔色や声色を変えてみせる 小劇場の
あたかも一人芝居のように
いつも誰より満ち足りた様で


もちろん彼は鴉ではない 列を成して
くれないの空をゆくかりよりも
峰々を渡る犬鷲よりも
それらのものたちより更に高く 限ろいの跡を
青空に残してゆくジェット機よりも それよりも
比べることさえ不遜に過ぎる そんな高みに
たいていは彼はそこにいる


そしてときどきこの地上の
彼はあらゆる場所に降りてきて
ホームレスのように彷徨い歩く
けれども彼は浮浪者ではない 塵溜ごみだめのような
ビルとビルとの狭い隙間や 哄笑や
嘲りや 疑いの眼に満ち満ちた
歓楽街をさえ彼は歩く


彼は誰かと問われれば 僕はきっと
こんなふうに答えるだろう
彼は意志であり 思想であり
この世のすべての時代であり 歴史であり
あるいは彼は宇宙であり 風であり
激しい驟雨が過ぎ去ったあとの 青葉の上の
ほんの一滴の雫であると


ところでそんな彼の歌を
僕らに聴くすべがあるだろうか いつどこで
歌うかもしれない 彼の歌を
あたかも天上に咲く花のような
死にゆくものたちのように美しい
限りなく儚いその歌を
僕らに望むことは許されるだろうか?


この星のどんなものたちよりも
あるいはマゼラン星雲よりも もっとずっと
果て知らぬ彼は高みにあって
そうして地上にいないとき
思い出したように彼は歌う 銀河をゆく
宇宙鯨のような声で そしてなぜだか
僕らはそのことは知っている


もう一度 彼はこんなものだと答えよう
彼はすべての命であり 生であり 死であり
常に 僕らとともに在るものだと
青空に近い鉄塔の上では 彼はたぶん
歌わないかもしれないが いつか僕らに
それを聴くことが許されるだろう それが彼の
たった一つの期待ならば




今回は以下と同じようなテーマの詩です。

ときどきフッとこんなようなことにおもいを巡らすことがあり、言葉にしようと考えてみるのですが、簡単にはいかないですね。

「鴟尾」はお寺の本堂の上に乗っている、お城で言うところの鯱鉾のようなもので、その形から「沓形くつがた」とも呼ばれます。下の写真は東大寺で、屋根の両端に乗っている金色のものがそれです。

東大寺大仏殿の鴟尾

「デジタルサイネージ」は電子看板や電子掲示板などとも呼ばれ、大きなディスプレイを使用した映像広告あるいは案内板のことです。僕が広告代理店にいる頃出始めて、最近はもう珍しくもなくなりましたね。


デジタルサイネージ


タイトル画像は僕の撮影で、あるところから見た夕焼けです。




今回もお読みいただきありがとうございます。
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