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夢シリーズ

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夢にまつわる話
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【朔 #232】現実では本名を知らない

【朔 #232】現実では本名を知らない

 今朝の夢。
 師と他数人とで吟行。海が近くにあるなあ、と直感する寂れた商店街。ペットショップがあって、その内観だけが現代的かつ清潔で明るい。入店してみると(私はペットショップが大嫌いだ)、そこは畳で言えば二十枚(わかりにくいか)ほどの広さで、商品を並べるような棚はなく隅にキャットタワーが置かれているだけで、二面の壁を埋める三段のガラスケースには何も入っていない(入れられていない)。がらんとした店

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【朔 #189】今日は日曜日

【朔 #189】今日は日曜日

 目が覚めれば千里中央に居るはずだが、昨日の朝の夢。
 千里中央の句会場に着いたのだが参加費を持参していないことに気付き、絶望していると関西支部長が「また来月でええよ」と優しく言ってもらえて、ペコペコと頭を下げつつ入室するといつもの指導者三人と小笠原鳥類さんが座っていた。驚きつつ着席すると、鳥類さんから全体へ挨拶があり「見学しにきました」と言う。妙な所に見学するものだと思いつつ投句を済ませ、さてど

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【朔 #186】三人の、えっ、これも三椏

【朔 #186】三人の、えっ、これも三椏

 大橋敦子『龍の落し子』(角川書店)は平成八年から私の生年たる平成十四年までの句を収めている。そんななか、次の二句が目を引いた。

 いかにもな感じだが、いかにもな感じだからこそ実は全身を句に漬けることができる。
 北村太郎の端々に思い出の回路が開かれていて、
 今朝は夢を見た。
 頰と頰が触れる感覚が妙にリアルで驚いた。
 というのも、私の夢の中では触覚と嗅覚は全く効かないのが常であったから。

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【朔 #168】「餅搗島」と「寒鴉」

【朔 #168】「餅搗島」と「寒鴉」

 地獄も休みで夏休みかというとそうはいかない朔シリーズ。
 昨日(二〇二四年八月十五日)の朝の夢。
 私は「〇〇荘」と名がついていそうな古いアパートの一室に住んでいた。六畳一間に裸電球がさがっていて、卓は無く、和箪笥がひとつ部屋の隅にある。窓は灰色の影に埋め尽くされていて、恐らくは目の前がコンクリートの壁。用もないので部屋から共用廊下へ出ると窓が一面に設えてあり充分に明るい。他の部屋は全部扉が閉ま

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【朔 #149】スタンガンください

【朔 #149】スタンガンください

 海を見ようと路地を抜けた。そこには幽霊のようなぼろぼろの花が立っていた。海月は居なかった。明日は土曜日。
 スタンガンください。
 髙柳克弘『現代俳句ノート』(ふらんす堂)が今の読書。殆ど飯田蛇笏・飯田龍太に頁を割いていて、以前から聞いていた通り、相当に影響を受けた俳人らしい。筆者の語りによって提示される蛇笏像は面白い。意外な一面を引き出してくれている。これから龍太の章へ入る。
 昨日の夢は可笑

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【朔 #131】上りきると、広い湖の真ん中に立っていて

【朔 #131】上りきると、広い湖の真ん中に立っていて

 今朝の夢。
 喫茶店で創作者の懇親会のような集まりに参加した。喫茶店は、ビルの中にありながら一階と二階とがある洒落た雰囲気で、私達はその二階を貸し切った。いかにも、といった人達が珈琲や紅茶を啜るなか、一人異様な女性を見かける。化粧の薄さが妙に相貌に幼さをあたえていて、黒を基調にした、パンクと言うのだろうか、とにかくあまりこういう集まりに居なさそうな格好をした同い年くらいの女性が退屈そうにしている

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【朔 #126】小笠原鳥類・責任編集『Σ 詩ぐ魔 特別号』に帛門臣昂「生成譚」を寄稿

【朔 #126】小笠原鳥類・責任編集『Σ 詩ぐ魔 特別号』に帛門臣昂「生成譚」を寄稿

 夢の中で、懐かしい(旧かしい、と書きたいけれどあまりに無理があるか)人々との群像劇を繰り広げたあと、目高水槽の世話をして、いつのまにか金魚水槽もあって、金魚水槽の汚れは酷く掃除の必要を認めた私がよそ見した瞬間に、目高水槽には土がぎっしり詰められていて蘆が窮屈に生えていた。
 夢判断? 「外光性の不足!」と。
 本日、公開された小笠原鳥類・責任編集『Σ 詩ぐ魔 特別号』に帛門臣昂「生成譚」を寄稿。

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【朔 #120】髙柳克弘が立っていて、生徒と挨拶を交わしている

【朔 #120】髙柳克弘が立っていて、生徒と挨拶を交わしている

 もはや、最近の夢のスタンダードになってきている設定。場所は母校の小学校、教師と同級生が高校生時代の連中、奇怪な設備。昨日(二〇二四年六月十八日)の朝の夢はこれに中学生時代の教師も混じっていた。この異物こそが、今回のキーとなる。
 私は体育が嫌いだった。中学生の時は特に。内容もそうだが、担当の教師達が嫌いなのである。根本的に反りが合わない。しかし、生徒の殆どが彼らを嫌っていたから私個人との相性では

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【朔 #108】どっちかというと私は野村さんタイプになりそうだ

【朔 #108】どっちかというと私は野村さんタイプになりそうだ

 最近、夢が変だ。
 変、というより不安定と言った方が的確か。
 見覚えのない女とまるで恋人のように川や遊園地に行っていたかと思うと、急に場面が切り替わり、畳の上に使用済みコンドームが落ちている。女の姿はない。コンドームを取った後、もう一回交わった気がする。西日が差し込む畳には汗の滲みも残っている。ドタドタと足音がして振り向くと、件の女が血の付いた包丁を持ってこちらに駆けてきていた。ここで目が覚め

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【朔 #84】この話が重要だった

【朔 #84】この話が重要だった

 水棲生物の中にセイレーンを含まない方がpoetic。
 水族館嗜好は、から、からから、殻から声を出す亜人とともに、丹、虹の根に、小指のささくれが面倒くさい。
 川崎真由子作曲、小笠原鳥類作詞、低音デュオ演奏「低い音の生きもの」を聴きながら布団(名山に正面ありぬ干蒲団/小川軽舟)に入った。動画が終わってから数分間しじまに包まれていると眠れた。
 夢を見た。改札を抜けると地下鉄のホームであり、この駅

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【朔 #49】霞として身にまとわりつくだけで凝固しないのだけれど

【朔 #49】霞として身にまとわりつくだけで凝固しないのだけれど

 水母こそ飼えないが、こういう詩岸の端緒を眺めているうちに心は松帆の浦の寒々しい岩に座っている。
 時々、港を抱いて寝るから港が恋しくなるのか。常に抱くか、もう、手放すか。
 最近、夢によく出てくるのは淡路島。しかし、実在のそれとはかけ離れている。海峡を繋ぐロープウェイがあったり、大きな豆腐屋の廃墟があったり、幹線道路沿いの山肌が絵島の肌に似ていたり。それだけ、淡路島が夢幻の土地になってしまったの

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【雑文】夢日記(令和四年十一月下旬)

【雑文】夢日記(令和四年十一月下旬)

令和四年十一月十八日 ありがとう、と言うと、非常に無礼な物言いをしたかのように皆が私を見る。だから、すみませんね、と言ったら、当然の言葉だというように皆が私から視線を外した。
「すみませんね」
と言って、私は水を一杯もらう。別に喉は乾いていない。

令和四年十月二十日 見えてくるなぁ。うん、見えてくる。
 遠いんだ。うん、遠いんだ。

 真っ直ぐな道路、これは恐らく国道二号線なのだけれど、その果て

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【雑文】夢日記(令和四年十月下旬から十一月上旬まで)

【雑文】夢日記(令和四年十月下旬から十一月上旬まで)

令和四年十月十九日 半島、あるいは岬の映像からその夢は始まった。雲一つない空の下、深い青のインク壺のような大海へニュッと陸地が突き出ている。普通に考えればそれは岬なのだが、どうしても伊豆半島のような土地であるという考えが拭いきれない。
 私は先端、最も鋭く海へ突き出ている陸に立っている。一歩踏み出せば断崖で、落下すれば海面に当たると同時に高く水柱を上げるだろう。
 恐れることなく崖の下を覗くと、す

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【雑文】夢日記 超訳風清書(令和四年九月〜十月)

【雑文】夢日記 超訳風清書(令和四年九月〜十月)

元記事

令和四年九月十六日 私は映画のような形で、つまりは第三者による視点で夢を見ることが多い。何台も様々な角度からカメラを回して、必要なカットを繋ぎ合わせた映像が私の夢、そのイメージである。
 私は母校の小学校に居た。その一室でTと二人っきりで座っている。但し、Tは別の小学校を卒業しているので、彼女からすれば全く知らない学校の教室に座っているわけである。二人横並びの机に座っていて、向かい合うこ

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