
航西日記(27)
著:渋沢栄一・杉浦譲
訳:大江志乃夫
慶応三年三月二十九日(1867年5月3日)
晴。フランス、パリ。
夜八時より、皇帝主催観劇会に、お供した。
この観劇は、欧州一般で、おこなわれている祝典の儀式で、重要な儀式などが終わった時は、必ず、その帝王の招待があって、各国帝王の使臣らを饗遇慰労する常例である。
ゆえに、礼服に威儀を正して行く事になっている。
演劇の筋立て内容は、わからないながらも、多くは古代の忠節義勇、国のために死をかえりみないという類いの感慨をもよおす事蹟や、正当適宜の諺などで世間の口碑(噂話のこと)に伝えられ、おもしろおかしい事を交えたもので、台詞の形式は、つなぎに語りが入るが、大部分は歌謡である。
歌曲の抑揚遅速は、音楽と相和し、一幕くらいに舞踏が入る。
この舞踏たるや、妙齢の美しい踊子、五、六十人が裾の短い美しい煌びやかな衣装を着て、化粧をこらし、笑みをふくんで、たおやかに柔軟で、軽快の極みであり、手舞足踏(気持ちが高ぶって、身振り手振りになること)、婉転(しなやかに動くこと)跳躍に一定の規則があって、百花が風に繚乱(入り乱れること)するようである。
喜怒哀楽の情をこめて、一段落の締めくくりを付け、数段で完結している。
舞台の景象(背景のこと)は、ガス灯を五色の玻璃(ガラス)に反射させて、光彩を自由に採り、また、舞妓の姿を浮き立たせ、後光を投じ、あるいは雨色、月光、晴曇(晴れと曇)、明暗を表現している。
たちまちに変化させる事が自在にでき、真に迫っていて、見ていて驚いた。