航西日記(26)
著:渋沢栄一・杉浦譲
訳:大江志乃夫
慶応三年三月二十八日(1867年5月2日)
晴。フランス、パリ。
朝、午前十一時、風船を観る。
風船は、軽気球という。
近ごろの優れた発明だという。
その仕組みは、ゴムで巨大な円形の袋をつくり、その中に、ガスを十分に満たし、そのガスの軽さで浮揚させるのである。
そして、この巨嚢の周囲から長縄を垂らし、その縄の下端に小室を下げ、その中に人を乗せる。
ふつう、風の状態に従って、これを上げる。
別に舵が有るわけではないからである。
大きなものは二十人くらいまで乗れる。
ガスの軽さがあるので、上がるのは意のままであるが、度を過ごせば危ない。
だから、ガスの量が、きわめて大切であるという。
下りる時は、嚢中のガスを器械で徐々に放出しながら、無事に地上に下りる。
これは、ふつうに空中を飛揚する風船である。
また、別に、一箇所から上げて、その場所に下りる方法もある。
これは、ただ、気球の下に太い長縄をつなぎ、これを上げ、随意のところで縄を固定し、また縄を引いて下げるのである。
この方法によるものは、遊園地などに設けてある。
曲馬(馬を使った曲芸)や、そのほか数々の手品などと共に見せ、希望者があれば、金をとって、ただちに乗せる。
気球が上下する時は、必ず音楽を奏し、案内の乗員は、少し上がったところで紅白の旗を振って、見物人に見せるのを常とする。
これは、パリの写真師ナタールの発明だという。
物好きの者が、金を払って遊乗している。
本邦にも、前々から、仙台の林子平という男が、この風船の図を描き、いろいろ工夫してみたが、このように発明が実現するには至らなかった。