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かわなべひろき
2021年10月26日 12:34
画材屋で絵の具の棚を物色していると、カウンターの方から店員さんと、メーカーの営業さんらしき人のやり取りが聞こえてきた。「それだと、もうウチもいよいよ厳しいです。今の景気で値上げなんて、とてもできないですから」「ですよねぇ。でも原材料の高騰で、この先は価格を改定せざるを得ないんですよ」画材の仕入れ値が上がる、でも店頭での販売価格は簡単には上げられない、だったらもうお宅のメーカーの取り扱いはやめ
2021年10月24日 19:33
駅ビルの2階にあるスターバックスの窓際の席からは、眼下に路線バスのロータリーが、カタツムリのような螺旋を描いているのが見えた。ぐるぐるぐると、ヘッドライトを煌々と灯したバスが旋回している。行き先表示の電光掲示板に光るオレンジ色のLED。あのオレンジは、友達がバイクに乗る時に被っていた、フルフェイスヘルメットのオレンジと、全く同じトーンだな、などと思い出してドリップコーヒーをズズズとやっている。
2021年10月22日 17:04
新しいスマホをいじっている。カメラがキレイに撮れること以外、使うアプリも普段と同じなので、取り立てて何の感慨もない。iPhone13。買って帰った日には、嫁さんが死ぬほど羨ましがっていた。「いいな、いいなぁ〜」と。その日目を覚ますと、枕元のiPhoneが起動しなくなっていた。充電切れ…いや、ケーブル繋がってるのにそんなはずは…と、何回かパワーオンを繰り返したら、ようやく電源がついた。しかし
2021年10月18日 18:03
「もう50年も前の話ですけどね。」と、お客さまは自分の話に句読点を置いた。パーマを巻きながら(僕は美容師である)話を聞いていたが、一言でいうと「人生の後悔」についての話だった。その日、美容室は僕1人の営業で、店内にはそのお客さまと僕以外誰もおらず、話の内容はいつにも増してプライベートなものだった。それを聞きながら、僕なりに思うことはあったけれど、特に何を言うでもなく「そうだったんですね」
2021年10月17日 13:42
職場からの帰り。19時ともなると、この頃はもうすっかりと夜に暮れて、駅前のネオンが煌々と明るい。流行り病の緊急事態宣言、蔓延防止なんちゃらも解けて、街に人が戻ってきているようだ。そんな中を、絵の素材になりそうな風景をスマホのカメラに収めながら、いつものように歩いている。ついこの前、スマホでパシャパシャやってると高校生のグループが「見て、あのオジサンやたらなんか撮ってる」みたいな感じで、一
2021年10月16日 13:23
市街地を流れる川沿いにある公園で、木陰にあるベンチを見つけた。座らないワケないじゃないの、とベンチに向かって深く頷いた後で腰掛けてみた。ふぅ、と一息。相変わらずの残暑の中を歩いて、少しだけ汗ばんだ体を休めてみる。風に乗って木の葉っぱが時折、足元に吹き込んできた。その向こうでは、芝生の上を食べ物を求めて鳩が蛇行しながら歩いている。うまいもん腹いっぱい見つかるといいね、と心の中で激励してみ
2021年10月15日 09:30
15分くらい夜風にでも当たりながら歩こうと思い立ち、玄関の扉を開いた。そこには、期待していたようなサラッと肌触りのいい涼しさはなく、モワッと湿気を含んだ生ぬるい空気が漂っていた。10月の夜だというのに、こんなもんかね…。僕が住む土地には毎年のように、ほとんど「秋」がない。毎年、夏の次には冬が来るような感覚。僕は美容師をしているけど、オシャレが好きなお客さまがよく言っている。「秋服って着る
2021年10月11日 17:22
なるべくモノを持たないようにしている。人生のあるタイミングで、致命的に片付けが苦手な自分を自覚した。片付けても次の日にはすぐに散らかっているし、日常的に部屋を片付けようというスイッチがあまり入ることもない。そもそもモノがなければ散らかりようがないと気がついて、めちゃくちゃに断捨離をした10年ほど前の夏の日。その年の冬になると、冬服が収納にほぼ入っておらず、発作的な断捨離熱に任せて、「捨て過
2021年10月10日 09:04
火にかけた鍋のお湯が沸くのを待つ間に、にんじんと玉ねぎを刻む。にんじんは薄く輪切りに、玉ねぎは少しだけ厚みを持たせたくし切りで。同じタイミングで煮始めて、同じタイミングで熱が通るようにそうしている。誰かに学んだわけでもないのに、いつの間にか自分に備わっている料理のひと工夫。なんも考えてないようで、案外いろいろ考えててえらいな自分!と、ささやかな自画自賛をしてみる。おダシはダシの素を使っ
2021年10月8日 09:04
ある人の文章に触れて、その美しさと素晴らしさに刺激を受け、「よっしゃ、オレも何か書いてみよう」と腕まくりをするところまではよくあるが、その先がいつもない。いざ始めようとすると、何も出てこないし何も書けない。その度に、自分の内側に取り立てて何もないことや、そのくだらなさを目の前に突きつけられる。でも、それにしたって僕を落ち込ませる力はもはや持っていない。20代前半までは違った。そんな自分に落
2021年10月6日 17:38
港の近くに車を停めると、車窓に伝う雨をぼんやり眺めながら、友達のスマホスピーカーから出る音楽に耳を澄ませた。バンドマンである友達が、最近作った曲であるそれは、フォークソングのような雰囲気を醸していたが、メロディーの起伏と歌声が心地よく調和していて、耳の奥をさながらマッサージでもされているようだった。「いいね」素直な感想を伝えた。こういうとき、「いいね」以外の言葉が本当に浮かばない。胸の内