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小川 近所の道 缶ジュース

15分くらい夜風にでも当たりながら歩こうと思い立ち、玄関の扉を開いた。そこには、期待していたようなサラッと肌触りのいい涼しさはなく、モワッと湿気を含んだ生ぬるい空気が漂っていた。
10月の夜だというのに、こんなもんかね…。
僕が住む土地には毎年のように、ほとんど「秋」がない。

毎年、夏の次には冬が来るような感覚。僕は美容師をしているけど、オシャレが好きなお客さまがよく言っている。
「秋服って着るタイミングがないですよね」と。そんなことを玄関先で思い出した。

マンションの階段を降りると、すぐそこには小さな川が流れている。小川と呼ぶに相応しい規模で、川面ではほとんど黒に近い紺色の街並みの所々に、オレンジ色の街灯がゆらゆらと波打っている。

川沿いをハーフパンツにサンダルという格好で歩きながら、時々すれ違う車のヘッドライトの眩しさに目を細める。
あれ、眩しいのと、眩しくないのとがあるよな、とヘッドライトについて、ひどく解像度の粗い分析をしてみた。

小川は南東の方角にある海を目指して流れている。浅瀬に岩石が積み上がっているところでは、「コプコプッ…」と水が音を立てているが、それが耳に気持ちいい。
ステキやん。自然という演奏者が奏でる音色、泣けるやん。
と、僕の中のリトル島田紳助に他愛もない感想を述べさせながら、歩を進めている。

この町に引っ越してきて7年になるが、少し歩いただけですぐに通った事のない道に出くわす。
通勤路の決まったルート以外、近所を出歩くことなんてそんなに頻繁にないから、当然のことではあるんだけれど。

思い返せば、子供の頃は遊び場である近所の道を、あっちへこっちへと自転車に乗ったり、走ったりして駆け回った。
公園や商店などの目的を持って向かう場所だけでなく、どこの誰が住んでるかも分からないような家々が立ち並ぶ道、特に行くべき用事も目的もない場所でさえも。

自宅から半径1キロ以内に、自分の足跡の付いていない道なんて無いんじゃないかというくらい、近所の隅々まで熟知していたが、今は少し行けば知らない道に出る。
大人って何も知らないよな、などと我が身を見て思う。

そろそろ家に戻ろうと、川沿いの道をUターンしてみた。遠くの方に自宅のマンションが小さくなって見えている。
4階の真ん中に灯る明かりは、僕の部屋のものだ。
帰りに、嫁さんがよく飲む缶ジュースを手土産に買って帰ろうと思ったが、お金を1円も持ってきていないことに気がついて結局手ぶらで帰る。
まったく気が利かない男だねぇ…。

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