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#短編小説
【twilight 第11話】 年明けの工房 かもめ食堂
「親方、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
年が明けて初めての工房の朝、センセイは深々と頭を下げて親方に挨拶をした。
「おう。こちらこそ、今年もよろしくな。そんなに、かしこまるんじゃねぇよ。フツーでいいよフツーで」
普段から礼儀にはうるさい親方であるが、あまり丁寧にされるとそれはそれで居心地が悪いらしい。
「あ、そうでしたね」
折に触れて指摘されることを、センセイは
【twilight 第10話】 白髪 空き地
髪を切ったセンセイは鏡の前に立っていた。少しだけ右寄りの分け目から、一本だけ白髪がのぞいている。
よく見れば、他の髪と比べてうねうねと曲線を描いているそれ。
厳かな手つきでつまむと、引き抜こうとしてはみたがなんとなく思い改めて、そのままにしておくことにした。
「そうだよなぁ」と年齢を重ねるにつれ忘れがちな自分の年齢を、センセイは思い出していた。それについては別段の感慨もない。
ただ目の前を通り過
【twilight 第8話】余白の目立つ襖絵
「あー、もう、遅いなぁ前の車」
ハンドルを握りながら奥さんがヤキモキしている。
「大切なものでも運んでるんだよ、たぶん」
助手席でそう返すセンセイに奥さんが詰め寄る。
「何よ、大切なものって?」
「んー、たとえば、2段づくりのバースデーケーキとか」
「そんなことあるわけないじゃないの」
センセイの空想は不採用だったようだ。
ガラガラの国道沿いに立つ銀杏並木が降らせた葉が、フロントガラスを叩く。
【twilight 第7話】 リバティのノート
「あなたの個性派指数は…50!よくいるフツーの人です!」
そんなもんだろうなぁと、スマホの液晶に出た診断結果を見ているセンセイに
「50かぁ…バランス取れてるってことじゃん。いいなぁ。オレなんて85もあったよ。変わり者だって書いてあってさ、やっぱそうなのかなぁオレって…」
困り顔の向こうで得意になっているリバティ。センセイはそれに気づいている。
「オレ、もう一回やってみるよ」
とセンセイからスマ
【twilight 第5話】ター坊 月のランプ
月をかたどったランプの下に並んだ頭が2つ。カウンターの上には芋焼酎のお湯割りが置かれていたが、酒に弱い2人のコップの中身は一向に減る気色を見せない。
「まぁでも、そんなにうまくいかないよな」
一杯目に飲み終えたビールに赤らんだ顔で、そう話すター坊のこれまでの人生がうまくいっていたことは、センセイの知る限りにおいて、ほとんど無い。
「毎日、朝早くから夜遅くまで働いてさ、帰ったら寝るだけ。こんなの
【twilight 第4話】川面の色
市街地を流れる川に架かる橋の上から、センセイは川面をのぞきこんでいた。真下に映り込む真っ逆さまの世界は、時折り風が運ぶさざなみの上で不安定に揺れた。
「純粋な水色なんて、どこにもないのになぁ」
センセイは、子供の頃にしたお絵描きを思い出していた。水を描くときに使う色は決まって水色。川を描くときもきっと、そうしていたに違いない。
しかし、こうやってまじまじと川面を見てみれば、笑ってしまうくらい絵の
【twilight 第3話】 リバティ 流れのかけ算
「カツハヤシでお願いします」
「あ、じゃあ僕もそれで」
優柔不断なセンセイはだいたいにおいて、連れ合いと同じモノを注文することになる。
そのため、連れ合いが優柔不断な場合は困ったことになる。
刻々と過ぎる時間に、遅々として進まない注文の決定。お互いにメニュー表をパラパラ、ウェイターの足音にビクビク。早くしなければ…。そんなことがこれまでにも度々あった。
1日空いていた休日の予定をどう埋めるか、困
【twilight 第2話】親方 駅前のイルミネーション
仕事先の工房で休憩を取っているセンセイの元に、親方が声をかけてきた。
「あのさ、おまえがこの前言ってた、アレなんだったっけ?あの、ほら、カレーにひと振りしたら、うまくなるとか言ってたヤツよ」
「あ、ガラムマサラのことですか?」
「そうそれよそれ。それかけたら、カレーが美味くなるんでしょ?」
「まぁ…僕の好みもありますけどね。家庭の味がなんとなく、お店の味っぽくなるっていうか…」
「おー、いいじ
【twilight 第1話】お決まりの朝
センセイの朝は早い。人々がまだ寝静まっている5時半にはもう布団を出ている。センセイの辞書に2度寝の言葉はない。
たいてい、保険のために仕掛けた、アラームが鳴る前に目を覚まし、光の速さで布団を出る。
まだ外は暗く初冬の朝の空気が、カーテンと窓を隔てた向こうに漂っている。その気配にブルッと身震いをひとつ。「はぁ…寒い季節が今年もやって来るなぁ…いやだなぁ」。
この世界において、寒さと〆鯖の2つは、セ