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【twilight 第7話】 リバティのノート

「あなたの個性派指数は…50!よくいるフツーの人です!」
そんなもんだろうなぁと、スマホの液晶に出た診断結果を見ているセンセイに
「50かぁ…バランス取れてるってことじゃん。いいなぁ。オレなんて85もあったよ。変わり者だって書いてあってさ、やっぱそうなのかなぁオレって…」
困り顔の向こうで得意になっているリバティ。センセイはそれに気づいている。

「オレ、もう一回やってみるよ」
とセンセイからスマホを取り上げると、診断アプリが用意した30の質問に再び答えを入れていく。
それを隣で見ながらセンセイは、さっきより大きい数字を狙ってるんだろうなぁ、と物思い。

しばらくして、
「やば…90だって…。さっきより上がってんじゃん。バカ?それとも紙一重で天才肌?あなたはとびっきりの個性派です!だって…。なんだよ…オレもフツーがいいってのによぅ…」
と、狙って出しに行った診断結果に大満足のリバティであるが、あくまで表情は困り顔を崩さない。 
診断結果によれば個性派のリバティに対して、ありがちな反応だなぁ、とセンセイは思うのだった。

「ところでさ、今日いいもの持ってきたんだ」
と、リバティがパンパンのリュックから取り出したのは、一冊のノートだった。
「最近さ、オレ日記つけてるんだ。ちょっと読んでみてよ」
人の日記のどこがいいものなのか…。やはり、変わり者かもしれない。

直近1週間分の日記に目を通したセンセイ。文章には明らかに、「誰かに読まれること」を前提とした雰囲気が漂っていた。 
「どう?」
「なんだよ、どう?って」
「いや、感想を聞かせてくれよ」
「日記に感想って必要?」
「そりゃそうでしょ」
やっぱり、変わり者らしい。

「なんというかこれさ、日記じゃない印象を受けるね」
「それって、つまり?」
「そういう誘導尋問みたいな質問はよしてくれよ。…言いたいことあるんでしょ?」
「あぁ…、」
リバティは柄にもなくモジモジした。

卒業文集の「尊敬する人物」の欄。リバティは、大きくポールマッカートニーと、小さく芥川龍之介と書いていた。
リバティに読書のイメージを持たなかったセンセイにとってそれは意外で、であればこそ、今だに記憶の片隅にリバティの小さく書いた、芥川の名前が居座っている。

「書いてみたらいいじゃないか。別に日記だなんて誤魔化さなくていいよ」
言葉に出さなくても、お互いに「小説のこと」について話していることを理解し合っていた。
「書けるかな、オレに」
「このノートに書いてるじゃないか、すでに」
リバティが顔を上げる。

いつも、人生のたらればに忙しいリバティ。「オレも歌がうまかったらなぁ…」「オレもピアノが弾けたらなぁ…」
その度にセンセイは「やってみたらいいじゃないか」と伝えるが、「いや今さら、それにオレじゃ無理だよ」と、おどけて笑うのがお決まりだった。

しかし、そうやってリバティが道化を演じ続けてきたのは、才能に憧れてはそれに裏切られ増やしてきた自分の傷を、センセイにもリバティ自身にも隠す為だったのかもしれない。

「ぶっちゃけどうかな?面白かった?」
日記という名目で読まされた文章について、再び感想を求められたセンセイ。
「自分で読んでどう思うの?」
質問で返すと、
「まだ、自分で読んでも面白い文章とは言えないけど…、書いてて楽しいんだよな。それに、書けそうな手応えは感じてるんだ」
軽く握った右手を左手で包み込みながら、リバティは言った。

自分の中に無いものねだりが顔を出すようなときは、それからヒョイと目を逸らしてしまう自分に比べて、口に出さずにはいられないリバティのその素直さをセンセイはたまに羨ましく思う。本当にたまに、ではある。

欲しがったものが手に入らないことに落ち込むくらいなら、初めから欲しがることをあきらめる。
そうやって、手に入れた気持ちの平穏をセンセイは胸の内で暖めてはいるものの、「だがしかし…」と、思う瞬間が今だにあった。

彫刻を掘るみたいに、さまざまなことを削り落とすようにあきらめてきた。
しかし、振り払ってもなかなか完全には落ちてくれない、服についた削り屑のような数々のあきらめが、センセイにもある。
それは後悔、欲望、情熱、どれにもなれないまま、今だにセンセイの中に「ただある」のだ。

ひとり、帰りの道すがらリバティの書いた文章の断片が、自然と頭に浮かんできたセンセイ。文章の良し悪しのことはよく分からないが、何かしら呼び起こされる情景があった。
それはコマ切れになった「これまで」の、とりとめのない瞬間を収めた、写真のスライドショーを見ているような感覚だった。

誰かの書いた文章が読み手の中に、読み手自身の思い出や生活の一コマを映し出す不思議。それに触れたくて、人は文章を読むのだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
リバティの文章が触れさせたいくつかの「不思議」は、センセイにとってポケットの内側で触れた、ホッカイロのようでもあった。

そう言えば、感想を伝えていなかったことを思い出したセンセイは、スマホを手に取る。
「バカとは紙一重の天才に、君ならなれるよ。きっと」
そう送った瞬間にリバティから返ってきたのは、goodサインのスタンプだった。
いつもとなんら変わりない筈のスタンプだが、その親指は普段見るそれより、誇らしく立っているようにセンセイには見えた。

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