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短編小説

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5分かからず読めるような短編小説のまとめです☺︎
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落とし物箱

落とし物箱

 落とし物箱に入ったそれは、一番星のような輝きとときめきをたたえていた。

 すぐ物を落として無くしてしまう生徒たちのために、若くて美人な担任教師は「落とし物箱」を設置した。綺麗なお菓子の空き箱を再利用したものだった。その教師は、若くて美人というだけで、生徒からとても慕われていた。案の定保護者からは舐められていて、可哀想でもあった。
 みんな、落ちているものを見つけたら、拾ってここに入れるようにし

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入学パーティーにて

入学パーティーにて

 耳を疑った。
「優子って涼太のこと好きらしいよ」
 カクテルパーティー効果、なんてこの現象に付けられた名前を知らなかった優子でも、その言葉の意味だけははっきりとわかっていた。誰が発した言葉なのかを探ろうと辺りを見回したが、人混みに紛れて発信源はどこかへ行ってしまった。各テーブルで談笑する男女の姿がやけに目につく。誰もが優子を見ているようで、誰も優子を見てはいなかった。不似合いなスーツの群れは、好

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憂鬱とバイブレーション

憂鬱とバイブレーション

 三寒四温の寒、に耐えきれず、カーテンを閉めた。断熱素材と謳っているくらいだから多少の効果はあるだろう。
 寒がりなわたしにとって、いまは一年で最も風邪を引きやすい季節だ。毎日天気予報を確認しないと、すぐにくしゃみ鼻水が止まらなくなる。そうならないためにはなるべく体感温度を一定に保つことが大事、たぶん。
 しかし花粉が飛び始めているからもっと最悪だ。マスクと伊達メガネが手放せないけれど、メガネに曇

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女子高生・バレンタイン

女子高生・バレンタイン

 今日は朝からずっとどきどきしっぱなしだ。授業はいつにもましてうわの空だったし、友だちからもらったチョコのひとつを落として割ってしまった。ちゃんと食べるから! って言って謝ったけど、気を悪くしただろうな。唯一楽しみにしている峰本先生の授業ですら、まともな答えが浮かばなかった。
 告白なんて大それたことは考えてない。でも、せめて義理チョコだか友チョコだかの嘘をまとわせて渡すことだけは。朝会えるかと思

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男子高校生・昼

男子高校生・昼

 四限の終わりを告げる鐘が鳴ると、一斉に教室は騒がしくなる。教師が出ていかないうちにがたがたと机や椅子の音がして、整然と並んでいた机はたくさんの島をつくる土台になる。俺の周りにはいつもと変わらない顔ぶれが集まった。
「あれ、弁当は?」
「あー今日親が寝坊したんだよね。買ってくる」
「じゃあジュース頼んだ」
「なんでだよ」
「ちゃんと払うから」
「はいはい」
 スマホ片手に弁当をかきこむ友人を横目に

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女子高生・朝

女子高生・朝

 女の子にとって朝の10分ってすごく大事だ。そんなことずいぶん前からわかっているのに、睡魔に負けて二度寝してしまうのはいつものこと。真冬のお布団の中ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。わたしが溶けちゃうみたいで、いくらでも寝れそうだ。

 枕元の時計をみると、起きる予定の時刻から30分も過ぎていた。やば、そろそろ起きないと遅れちゃう。始業時間には余裕で間に合うけど、学校にはもっと早く着いてたい。

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宇宙船こたつ号

宇宙船こたつ号

 目の前にはミカンの積まれたカゴ、スナック菓子、カフェオレ、テレビのリモコン、携帯、充電器、ゲーム機。もちろん身体はこたつの中。
 完璧。わたしの年末年始はこれで決まりだ。ほぼ動かずに何処にでも行ける、宇宙船こたつ号。
 あとは邪魔さえ入らなければ。

「ねぇお姉ちゃんってば」
 ゆさゆさ、身体が横揺れしている。もちろん地震ではなくて、妹のせいだ。
「なによ」
「さっきから呼んでるんだけど」
「だ

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サンタクロースと彼女について

「わたし、サンタさんをみたことがあるの」
 大真面目な顔で言うもんだから笑っていいのかわからなくて、とりあえず苦笑いを浮かべてみた。もう一度彼女をみても自信満々なのは変わらないから、これは本気のヤツだと確信。しかもゲームでよくあるような、話を聞かないと先に進めないパターンだ。

 さりげなく、ちょっと頭の悪いふりをして聞く。
「そもそもさ、サンタクロースってほんとにいるの?」
「え、当たり前じゃん

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イルミネーションと子どもたちについて

イルミネーションと子どもたちについて

 夏休みに読もうと借りていた本は、十二月になっても開けないままだった。
 特に読まない理由はないのだが、今日はいいや、を繰り返した結果半年が過ぎた。

 図書館からは催促のメールが月イチで届く。定型文には図書館特有の温かさを感じられなかったけれど、無機質さはわたしを責め立てているようだ。
 申し訳なさがあるうちに返却しようと決め、手近なトートバッグに図書館の利用者カードと借りた本を入れる。

 外

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イルミネーションとプレゼントについて

イルミネーションとプレゼントについて

 目に飛び込んでくるイルミネーションは、痛々しかった。

 バイト帰り、イルミネーションに照らされた街を睨んで歩く。
 商店街の街路樹も、デパートの中も、一軒家の玄関も。どこもかしこも、すっかり煌めいている。
 クリスマスツリーのオーナメントは、パンと似ていると思う。世の中の綺麗なものをぜんぶひとつにまとめて捏ねて、小さく切り分けて、丸めて発酵させたらできあがり。パンみたいに美味しくないのだけが残

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彼シャツならぬ兄フーディー

彼シャツならぬ兄フーディー

 彼シャツに憧れがある。
 デートのときに彼が着てきた洋服が可愛くて、今度貸してよ、って言うのもいい。それでコーディネートを考えるのは楽しそうだ。彼とは全然違うテイストにして、こういう着方もできるよ、って言ってみたい。楽しかったからまた洋服貸してよ、とか。
 お泊りしたときに、部屋着としてさりげなく彼の洋服を渡されるのも最高だ。いざ着てみると短めのワンピースみたいになってしまって、改めて体格差を実

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いつか植物になる前に

いつか植物になる前に

「なんで吸うの?」
 顔をしかめながら煙を払う私に、「もう忘れた」と呟く貴方はどんな顔をしていたっけ。

 世間の波に乗れないまま今日も煙草を咥える。友だちは口をそろえて辞めなと言うけれど、そんな助言に意味はなかった。副流煙は吸わせてあげないから安心して。
 吹きかける相手はずっと決まっていて、それが実行されないことももう決まっている。実行されなくても辞められないのはただの意地だ。一度始めたことを

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されど五文字

されど五文字

 好きなひとからもらった言葉と好きな本や映画の言葉だけをまとって生きたいのに、どうでもいいひとから言われた些細な一言が、刺さって抜けない。
 のどに詰まった魚の骨みたいに、ずっと気になっている。

 それは高校生のとき。
 前はそこそこ仲が良かったけれど気付けば話すことすらなくなっていた、学生にとってありふれた関係のひとだった。
 苗字は荒巻で、下の名前は……。
 卒業してから三年ほどしか経ってい

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はんぶんこ チョコレート編

はんぶんこ チョコレート編

 つい最近紙製にリニューアルされた赤い包み紙を手に取り、破った。中から甘ったるいチョコレートの香りが立ち昇る。ちょっぴり身体に悪そうなこの香りは病みつきになる理由のひとつだ。

 思い切りかぶりつこうとしたが、横から強い視線を感じて手を止める。
「なに。あげないよ」
「いや、割らないの」
 彼は包み紙を両手で持って半分に割った。パキ、と小気味いい音が鳴る。
「だってひとりで食べるんだよ」
「半分こ

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