サンタクロースと彼女について

「わたし、サンタさんをみたことがあるの」
 大真面目な顔で言うもんだから笑っていいのかわからなくて、とりあえず苦笑いを浮かべてみた。もう一度彼女をみても自信満々なのは変わらないから、これは本気のヤツだと確信。しかもゲームでよくあるような、話を聞かないと先に進めないパターンだ。

 さりげなく、ちょっと頭の悪いふりをして聞く。
「そもそもさ、サンタクロースってほんとにいるの?」
「え、当たり前じゃん」
 その、こいつ何言ってんの? みたいな表情だけはやめてほしい。たぶん君のほうが何倍もおかしなことを言っているし、僕はいたって正常だ。もう少し話していたら、どっちが正しいのかわからなくなりそうだけれど。

 サンタクロースは、世界中が必死になって守り続けている最大の嘘だと思う。
 必死な割にはほとんどのひとにばれているけれど、知ってしまったひとたちが守る側に回るのが美しい。たくさんの国があって人種がいて戦争も起こるのに、サンタクロースを守ることだけは共通しているところが好きだ。平和の象徴の、ヒーローみたいで。

「みたっていつの話?」
 彼女はよくぞ聞いてくれました、とでも言うように目を輝かせた。あ、なんだろう、なんか悪い予感。
「毎年!」
 ……はい?

「毎年ね、24日の夜に現れるの。いつも後ろ姿しかみえないんだけど、必ず来てくれるんだ」
「必ず」
「そう、ほんとに毎年だよ」
 さっきの予感を確かめるべく、壁にかかったカレンダーを盗み見た。24日と25日には彼女が書いたピンクのハートマークが誇らしげに描かれている。連続したハートマークは、僕の家に泊まる印。
 もしかして、今年のサンタクロースは僕なの?

 いやいやサンタクロースになるなんて無理でしょ、と心の声が言っている。この狭い部屋で仮装したらすぐばれるに決まっているのだ。
 こんな早くに嘘を守る側に回るとは思っていなかったけれど、チャレンジして下手をこくより彼女の夢を守るべきだと思うよ、僕は。
「今年はお泊りじゃん、さすがに来ないんじゃないかな。実家じゃないし」
「実家じゃないとだめなの?」
「ほら、サンタクロースもひとりひとりの居場所を探すのは大変でしょ」
「あ、でも、おばあちゃん家にも来たことあるよ」
 一旦彼女の家族に連絡させてほしい。サンタクロースにまつわる今までの教育方針と、これからについて話し合いたいです……。
 大学生にもなってサンタクロースを信じていられるなんて、どうやって生きているのだろう。

「最近はプレゼントもらってないんだけどね」
「あ、そうなの?」
 それなのにサンタクロースをみているって不思議だけれど、特別にクリスマスプレゼントを用意しなくてもいいってことか。ちょっと気楽だ。
「サンタさん、毎年様子みにきてくれてるのかなって」
 なんだかすごく嬉しそうだから、そのままにしておきたいと思ってしまった。誰かにとっての神様みたいな存在が、彼女の場合サンタクロースだったってだけなのだ。そう考えると、彼女の夢を壊していいわけがない。

 上手くいくとは思っていない。今年で全てだめになってしまうかもしれない。
 それでも僕は、サンタクロースになる決意を固めていた。今年限定、彼女限定の。
 精一杯つとめてみせるから、多少ボロが出たとしても、気付かないふりをしていてね。

 25日朝の彼女の笑顔を想像して、まずはサンタクロースの衣装を買いに行こうと決めた。
「おはよう、サンタクロースいたよ!」
 この声が聞ければ十分だ。

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