見出し画像

女子高生・バレンタイン

 今日は朝からずっとどきどきしっぱなしだ。授業はいつにもましてうわの空だったし、友だちからもらったチョコのひとつを落として割ってしまった。ちゃんと食べるから! って言って謝ったけど、気を悪くしただろうな。唯一楽しみにしている峰本先生の授業ですら、まともな答えが浮かばなかった。
 告白なんて大それたことは考えてない。でも、せめて義理チョコだか友チョコだかの嘘をまとわせて渡すことだけは。朝会えるかと思ったのに、友だちに渡す分を数えなおしていたらいつもの時間を過ぎてしまっていた。わざわざ隣のクラスに行くのも変な気がするし、今日は会えないままかもと思ったら、どうしていいかわからなくなってしまった。

 もやもやというよりそわそわしたまま部活を終え、友だちと歩く帰り道。教室を出て少しのところで、ガラス張りの渡り廊下に仁科くんの姿がみえた。
「ごめん、忘れ物した! 先帰ってて」
 慌てて駆け出す。教室とは見事に逆方向。絶対変に思われてるだろうけど、そんなの気にしてたら今日が終わっちゃうよ。

 軽く息を整えて、教室の窓を鏡代わりに前髪も整えて、笑顔をつくって。
「仁科くん」
「あぁ、よく会うね」
 わざとです。めちゃくちゃわざと。こうでもしないと接点がつくれないわたしは不器用だと思うけど、家が近いなんて奇跡、利用するしかないのだ。
「帰るとこ?」
「うん、部活終わったから」
「ええと、一緒に帰る?」
「うん!」
 今のわたし、もし犬だったら尻尾を振っていると思う。ちぎれそうなくらいぶんぶん振ってる。気持ちを隠すことができるから人間でよかったなとか、何考えてるのわたし。

 学校から家までは歩いて15分くらい。その中で仁科くんと一緒にいられるのは10分弱だ。話題が弾めばあっという間だけど、十字路で立ち話を続けるほどの仲ではない。つまりこの10分で渡さないとチャンスはない。
 一瞬の沈黙を逃さないように、意を決して声を出した。
「あの、今日バレンタインじゃん」
「そうだね」
「仁科くんは、その、もらったりした?」
「いや全然」
「そっか」
 思っていたよりあっさりした返事だった。男子高校生ってみんなチョコの数とか気になるもんじゃないのかな。
「はなから期待してないし」
「そうなの?」
「僕みたいなのは無理でしょ」
「え、そうかな」
 ここに渡したいひとがいるんです。まだ何もできてなくて、これからどう言えばいいかもわからないんだけど。
「あーごめん」
「え?」
「いや、返事に困るよね」
「そんなこと、ないけど。うん」

 あぁまた静かになってしまった。いつも教室の男子たちとどうやって話してたのか思い出せない。去年仲良くしていたクラスメイトに配ったとき、その中に男子もいたじゃんか。それと一緒だってば。
「あ、えっと、多く作りすぎちゃったみたいで、余ったから、あげる」
「ん?」
「あ、チョコ、作ったの」
「いいの?」
「うん、美味しいかわかんないけど」
 余ったなんて嘘だけど、こうでもしないと渡せない気がした。余った割には気合が入ったラッピングの小箱を取り出す。提げた紙袋にはもらった友チョコが山のように入っていて、わたしが作ったのはこれが最後だ。
「ありがとう」
 直接仁科くんの目をみるなんてできなくて、こちらに伸ばされた手のひらをみつめながら渡した。大きな仁科くんの手に小箱はぴったり合わさって、そこが居場所だと言っているみたいだった。
「どういたしまして」
 触らなくても顔が熱いのがわかる。きっと真っ赤だ。夕日のせいにできないくらい真っ赤だと思う。みられないように下を向いて、また歩き出した。仁科くんがどんな顔してるかも気になるけど、それどころじゃないよ。

「こういうのって、お返しとかしたほうがいいんだよね」
「え?」
 思わず顔を上げて、仁科くんのほうをみてしまった。あ、と思ったときにはもう目が合っていた。光に照らされた目は明るい茶色で、澄んでいて、綺麗だった。
「なんか用意するね」
 仁科くんにそんな意図がないのはわかってる。わかってるけど、次が約束されたみたいで、これだけで息が止まりそうだ。苦しい。たぶん声が震えている。
「ありがとう」
 やっと一言絞り出す。あと1ヶ月、頑張る理由ができた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?