見出し画像

女子高生・朝

 女の子にとって朝の10分ってすごく大事だ。そんなことずいぶん前からわかっているのに、睡魔に負けて二度寝してしまうのはいつものこと。真冬のお布団の中ってなんでこんなに気持ちいいんだろう。わたしが溶けちゃうみたいで、いくらでも寝れそうだ。

 枕元の時計をみると、起きる予定の時刻から30分も過ぎていた。やば、そろそろ起きないと遅れちゃう。始業時間には余裕で間に合うけど、学校にはもっと早く着いてたい。
 なんとか布団を剥いで起き上がり、不明瞭な視界の中洗面所へと向かった。相変わらずぼんやりした世界は眠気たっぷりのわたしと相性がいいみたいで、足取りもふらふらしていると思う。

「寝癖……」
 鏡には、前髪が浮いて毛先がはねまくった女の子が映っていた。他人事みたいに言っちゃったけどこれはどうみてもわたし。ついでに目も半開きで、もこもこのパジャマを着ているのに全然かわいくない。
 ちょっと寝坊したから急いでるのに、なんでこういうときに限って寝癖なんか。ショートボブのほうが似合うからそうしているけど、やっぱり伸ばしたほうがいいのかな。伸ばしたら重みで寝癖もつかなくなりそう。でも結局、伸びるのを待つのが耐えられなくてまた切ってしまうのだ。

 とりあえず前髪をピンで留めて顔を洗い、コンタクトをはめた。視界良好。
 わたしにとっての一日のスイッチは、コンタクトをはめた瞬間だなぁと思う。眼鏡だとオフ感があって、やる気が出ないままだらけてしまうけど、コンタクトをはめるとしゃきっとして、よし今日も頑張るぞ、って気持ちになるのだ。
 手を水で濡らして、前髪の生え際をこすった。なんか前髪伸びてきたかも、帰ったら切ろうかな。はねた毛先は後でアイロンで直せばいいから、前髪のくせが取れたのを確認して洗面所を出た。

 朝ごはんは目玉焼きだった。半熟卵をご飯に乗せて一気にかきこむ。「ゆっくり食べなさい」ってお母さんの声が聞こえた気がするけど、ごめん今日は急いでるの!
 お味噌汁を飲み干してお皿を下げ、再び洗面所へ。あわただしいなぁ、原因はわたしなんだけどね。

 ぱぱっと歯を磨いて笑顔のチェック。よし、今日も笑えてる。じぶんの顔は好きって言えるほどかわいい顔じゃないけど、笑顔はよく褒められるから自信がある。誰だって笑顔のほうがかわいいって言うし、口角をあげている分だけ幸せが訪れると信じたい。大きな幸せじゃなくていいけど、小さな幸せが降り積もるような人生がいいなぁ、とか。
 目をぎゅっと瞑って10秒、見開いて10秒、少しだけ目がぱっちりした気になるからこれも日課のひとつ。

 自室に入り、ヘアアイロンのスイッチを入れてから制服に着替えた。着替え終わるころにはアイロンが温まっているから、髪の毛を直す。ルーティンと化してて流れ作業みたいだけど、前髪は重点的に。うまく巻けるかどうかでその日のコンディションが決まると言っても過言じゃないくらい、女子高生にとって前髪は大事なのだ。あと今日ははねた毛先も直しておかないと。ふんわり内巻きにして、丸っこくてかわいらしい女の子を演出。
 ほんとうはメイクもしたいところだけど、みつかったらアオヤマからの説教が待ってる。だからビューラーで軽くまつ毛を持ち上げて、薄いピンクに染まるリップをひと塗り。うん、これなら大丈夫。
 時計をみると、普段通りの時間だった。やればできるじゃんわたし。こうしてやればできるが積み重なるから余計起きられなくなるんだけど、今日はいいとしとこう。明日こそはちゃんと起きる! ……って毎日言ってる気がする。

 コートを羽織ってマフラーをぐるぐる巻いてリュックを背負った。忘れ物もたぶんない。もしあっても友だちから借りればいいし。
「いってきます!」
 お母さんからお弁当を受け取って、玄関を飛び出した。もう一度携帯で時刻を確認。今日も間に合った。
 はやる心を落ち着けて、なんて声をかけるか考える。おはよう、それから、それから……。今のうちに考えておかないと、頭がパンクしちゃってどうしていいかわからなくなるのだ。昨日は無難に夕飯の話をしたから、今日はどうしよう。最近の部活の話とか? どっちにしたって無難だ。でも勉強の話はわからないし、わたしの話をしたってしょうがないし。あーもう、もうすぐ来ちゃう、なるようになれ!
 この角を曲がったら、向こうから歩いてくる仁科くんにおはようって言おう、とびきりの笑顔で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?